2010年11月28日日曜日

寡婦―モオパッサン

 ある時バヌヴィルの館に狩猟にやってきた人々は、その晩食事を終え、暇を持て余していました。そんな折、ふと人々の目にある未婚の老嬢の頭毛でつくられた指輪がうつります。人々はその指輪をはめている老嬢の様子から、この指輪と彼女には何か因縁めいたものを感じ、話を聞きたがります。そうして人々に促された老嬢はしぶしぶ、ある悲しい過去を語り始めるのです。
 この作品では、〈他人の道理を押し付けられた、ある悲しい老嬢の姿〉が描かれています。
 それは老嬢が17の少女だった頃に起こります。ある時、少女の家に一家の主を失くしたその妻と、13歳の息子を預かることになります。やがて、その少年は17のその少女に情熱的な恋心を抱くようになっていくのです。ですが、少女にとって、その少年の恋心は単なる遊び道具でしかなく、いつも彼の心を弄んでいました。
 ところがそれから一年経ったある晩、少年は少女に向かってこう言いました。「僕はあなたを愛しています。恋しています。あなたを死ぬほど恋しています。もし僕をだましでもしたら、いいですか、僕を棄ててほかの男とそういうことになるようなことでもあったら、僕はお父さんのようなことをやりますよ――」彼の父のように、というのはそもそも彼ら一族にとって、恋愛というものが人生の全てであり、それによる死や復讐は一族の間では認められていたのです。それは少年の父も例外ではなく、オペラ座の歌姫にだまされたあげく、巴里の客舎で自殺していました。そして、この少年もそんな一族の血に則り、彼女に捨てられるようなことがあれば命を絶つといっているのです。この台詞を聞いた少女は一切を悟り、「あなたはもう冗談を云うには大きすぎるし、そうかと云って真面目な恋をするには、まだ年がわか過ぎてよ。あたし、待っているわ」とやんわりと彼の愛情を拒んだのです。しかし、この言葉を真に受けた彼はやがて少女が他の男と婚約したことを知ると、やはり父親と同じ最後を遂げてしまうのです。そうして、残された彼女はその責任を負うため、彼の寡婦として未婚を今日まで貫いてきたのです。
 しかし、果たして本当に彼が死んだ原因は彼女にあったのでしょうか。結論から述べると、それは否です。何故なら、彼女にはそもそも彼のルールに従う義理も義務もないのですから。確かに少女は少年の心を弄びましたし、嘘もついたかもしれません。ですが、一切は彼の中で取り決められたのであり(事実、作中彼女がそれに同意した素振りは一切ありません)、彼女はその引き金を引いたに過ぎません。彼が死んだ原因は、彼自身にあったのです。ですが、そうは言っても、彼女が自身に責任を見出すのも無理もありません。何故なら少年は、「あなたは僕をお棄てになりましたね。僕がいつぞや申し上げたことは、覚えておいででしょう。あなたは僕に死ねとお命じになったのです。」となんと自分のルールを他人にまで押し付け、あたかも彼女が自分を殺したのだと言って死んでいるのですから。

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