2010年11月22日月曜日

憑きもの―豊島与志雄

「私」には止められないもの、というよりも彼に憑いているものが2つあります。1つは酒、そしてもうひとつは恋人の秋子だと言うのです。特に秋子の眸は彼を捉えて離さず、じっと彼を見つめ、また彼女の眸を見ると酒を飲みたくなってしまうのです。そこで彼は彼女の眸の正体を暴くべく、お酒と「別居」すべく、2人で浅間山麓へと向かったのでした。
 この作品では、「身近にあるとはどういうことか」ということが描かれています。
 浅間山麓へ向かった2人は、「私」のふとした提案から、浅間山に登ることになりました。そして火口の淵まで辿り着くと、彼はある衝動を感じはじめます。それは「彼女を突き落すか、彼女と一緒に転げこむか」という殺人衝動を感じていたのです。ですが、彼は彼女を殺せる決定的な瞬間に、むしろ彼女を助けてしまいます。そして「私」は秋子を失いかけた時、それをなんと後悔しだすのです。その時の心情を彼はこう述べています。「淋しくて惨めだった。何もかも頼 りなかった。後からついて来た秋子を招き寄せて、私はその膝に顔を伏せた。何もかも頼りないのだ。憑いてくれ、しっかりと憑いてくれ、そうでないと、俺は 淋しいんだ。しっかり憑いていてくれ。」と。彼は彼女がいなくなることを考えると、突然淋しさを感じ出したのです。これは、彼が普段彼女と共にいたために、彼女と共にいる利点と言うものを忘れてしまっていたために起こった現象なのです。例えば私たちが普段使っている携帯電話ですが、普段その着信を煩わしく思っている人がある日それを失くしてしまった時、どう感じるでしょうか。常に誰かと連絡が取れる状況から一変して、取れなくなってしまうことに不安を覚えずにはいられないでしょう。私たちは日常使っているものに対して、不満や怒りを感じがちですが、それと同時に実はそれが本来持っている利点や恩恵というものも忘れてしまいがちなのです。話を作品に戻すと、この「私」もそれと同様に、秋子が自分の周りにいることで解消されていた寂しさがあるにも係らず、それを忘れ欠点だけが目立ってしまい、彼女を自分から離そうとしたのです。それに気づいた彼は、彼女を自分から離すことは不可能だと考え、共に生きる道を選んだのです。

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