ある年の春、Nさんはある看護婦会から牛込の野田と云う家へ行くことになりました。その野田の家には、女隠居が一人と気の勝った娘、雪と雪とは対照的に育児のなく病弱な息子、清太郎の3人が住んでいました。
ある晩、Nさんはこの家から二三町離れた、灯の多い町へ氷を 買いに行ったときのこと、その帰りに誰かに後ろから抱きつかれたのです。彼女は抱きつかれたことにも当然びっくりしましたが、それ以上にその抱きついた者の顔にびっくりしました。一体誰が彼女に抱きついたのでしょうか。
この作品では、〈私たちがいかに精神的な存在であるか〉ということが描かれています。
まず、Nさんに抱きついた人物の正体ですが、それはなんと清太郎と姿が瓜二つの不良少年でした。そのため彼女は本当に清太郎が自分に抱きついたのでは、と一瞬考えてしまいます。そして、彼女の心に最後に残ったことは清太郎の顔と、抱きつかれたという事実が残りました。この時、清太郎に恋をしていたNさんは、あたかも不良少年ではなく、清太郎自身に抱かれたように感じたことでしょう。だからこそ「清太郎はそこにいないかも知れない、少くとも死んでいるのではないか?」と、彼女は雪の傍にいる清太郎の存在を疑い、彼の身を案じています。彼女に抱きついたのは確かに不良少年です。ですが、彼女が清太郎に恋をしていること、少年が彼に似ていることがNさんの心を誇張させ、そういった心持を抱かせているのです。
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