イワンとイワンの兄の父は病気になり、自身の死期を悟った彼は、息子たちにそれぞれ遺言を残しました。まず、イワンの兄には、
『お前は賢い息子だから、私はちっとも心配にならない。この家も畑もお金も、財産はすべてお前に譲ります。その代り、お前は、イワンがお前と一緒にいる限り、私に代って必ず親切に面倒をみてやって貰い度い。』
と言い、またイワンには
『イワン。お前は兄さんと引きかえて、まことに我が子ながら呆れ返る程の馬鹿で困る。お前には、畑やお金なぞをいくら分けてやったところで、どうせ直ぐに 他人の手に渡してしまうに違いない。そこで私は、お前にこの銀の小箱をたった一つ遺してゆこうと考えた。この小箱の中に、私はお前の行末を蔵って置いた。 お前が、万一兄さんと別れたりしてどうにもならない難儀な目に会った時には、この蓋を開けるがいい。そうすれば、お前はこの中にお前の生涯安楽にして食べ るに困らないだけのものを見出すことが出来るだろう。だが、その時迄は、どんな事があってもかまえて開けてみてはならない。さあ、此処に鍵があるから誰に も盗まれぬように大切に肌身につけて置きなさい。……』
と言い残して、この世を去っていきました。さて、父はイワンの為に一体何を残して死んでいったのでしょうか。
この作品では、〈自分の息子を一人前の人間として認めることができなかったものの、死して尚、わが子の身を案じる父の姿〉が描かれています。
まず、父がなくなった後、イワンの兄は、イワンの遺産を狙い、度々イワンにそれと自分の財産を交換する交渉を持ちかけます。恐らく兄は父の「お前はこの中にお前の生涯安楽にして食べ るに困らないだけのものを見出すことが出来る」という言葉から、イワンの遺産には、お宝の所在を示す地図のようなものが入っていると考えたのでしょう。ですが、イワンは兄の申し出を頑なに拒みます。
しかし、ある時イワンは兄が連れてきた娘に一目惚れをしてしまい、娘欲しさに、なんと自分の遺産をあっさりと兄に渡してしまうのです。その後彼は、その娘となに不自由なく幸せな日を送ることが出来ました。
一方、兄は父の遺産を受け取った後、中に入ってあった紙を発見し、その紙に書いてある「窖の北の隅の床石を持ち上げて、その裏についている鉤にこの綱を通して地の底へ降りて行きなさい。」という言葉に従い、父の遺産を探しました。ところが、そこには父の罠が仕掛けてあり、行き着いた先は深い穴の中で、そこには山のようなパンと葡萄酒がおいてありました。
この上記の様子から、父が生前イワンをどのような人物に見ていたかが分かります。彼は、イワンを一人前の人間として全く認めていません。正直者で、人を見る目があるとはお世辞にも言えない彼は、恐らく騙されて挙句、路頭に迷うことすらあり得るでしょう。そんな人物が、たった一人で社会の中で生きていけるはずながない。そう考えた父は、兄に弟の世話を頼み、更には最終手段として、社会から切り離し、人並な生活とはかけ離れた暮らしを用意しなければならなかったのです。事実、彼は結果的には人並み以上の生活を手に入れたものの、それは偶然や周りの人間によって助けられてきたに過ぎません。兄がいなければ、一日中働かい彼が生計を立てれたとは思えませんし、又兄が娘を連れてこなければ、結婚すら出来なかったかもしれないのですから。
そして私たち読者も、彼のその様な要素を、この作品を通して認めているからこそ、「 みなさんは、それでもイワンの父親がその息子たちのためにして置いた事をば、間違いだとはお考えにならないだろうと思います。」という一文に対して、すんなりと納得してしまうのです。この一見厳しい父のイワンに対する評価と対処には、息子を思う親心が表れているのです。
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