与助は自分の子どもや妻を喜ばせたいという思いから、醤油屋の主人の砂糖倉からザラメ砂糖を盗んでしまいます。そしてその姿は主人の目にしっかりと見られており、早速主人は杜氏(職工長のような役職)に彼を暇に出すようにと命じました。
その際主人は、与助に貯金させておいた、40円について考えを廻らていきます。と言いますのも、主人の家では労働者には毎月5円ずつ貯金をさせて預かっていたのです。そして主人は、与助が不義を働いた事をきっかけに、そのお金を自分のものにしようと企てていきます。
その後杜氏は言われた通り、与助を呼び出し暇を出す旨を彼に告げました。しかし与助も与助で、貯金の40円の事が気になる様子で、杜氏から主人にお金はどうなるのか聞いて欲しいと言ってきました。ところが不正、不穏の行為を行った者に貯金はやれぬという理由から、没収される事になったのです。杜氏はこうして、些細な出来事から貯金を没収される様子を5,6度見てきました。そしてふとある不安を覚えます。彼もいつかは与助のような立場になるのではないのか、と考えたのです。ですがすぐに馬鹿馬鹿しいと忘れていきました。
結局、与助は貯金を貰えない儘解雇され、2、3日後、若い労働者達が小麦俵を積み換えていると、俵の間から帆前垂にくるんだザラメが出てきました。与作の隠したザラメです。彼らは笑いながらその砂糖を分けてなめました。そして杜氏もその相伴にあずかり、汚れた前掛けは洗濯し、自ら身に付けることにしたのでした。
この作品では、〈砂糖泥棒に暇を出す立場にありながらも、自身にもその兆しを見せる、ある杜氏の姿〉が描かれています。
自分の家族のためとは言え泥棒を働いた与作は其の侭解雇され職を失い、お金にがめつい主人は彼に暇を与え、狡猾な杜氏は漁夫の利を得るという、一見するとなんとも平坦な作品に見えるかもしれません。ですが下記の箇所に注目して読むと、こうした事が与助を直接裁いた杜氏自身にも振りかかる予兆があることに気が付きます。
杜氏は、こういう風にして、一寸した疵を 突きとめられ、二三年分の貯金を不有にして出て行った者を既に五六人も見ていた。そして、十三年も勤続している彼の身の上にもやがてこういうことがやって 来るのではないかと、一寸馬鹿らしい気がした。
彼は自分が与助に暇を与えようという話をしている中で、ちらりとそうして誰かに解雇される自分の姿を彼を通して見てしまったのです。しかしすぐにもみ消して自分の役目に集中していくわけなのですが、物語の終盤で、杜氏にもそうした出来事が未来に十分起こり得る事が見て取れるでしょう。
そもそも与助は主人の倉から勝手に砂糖を持ちだしたところを抜け目ない主人に見られたからこそ解雇されました。そして、杜氏は与助が解雇された後、たまたま若い労働者が見つけたザラメを分けてもらい、前掛けを自分のものにしていますが、その経緯は兎も角、与助と同じ行為をしています。
これら2点から、杜氏の未来にも近い将来において暇を出される事が示唆されているのです。本人は上手く2人を出し抜いたつもりでしょうが、条件が整っているだけに、読者としては彼の未来を暗い気持ちで冷静に見つめずにはいられない事でしょう。
0 件のコメント:
コメントを投稿