2015年1月17日土曜日

氷点(上)ー三浦綾子p85・5

◯啓造は、人の心がいつも論理に従って動くもののように考えているらしかった。
ルリ子が死ぬ直接死の原因をつくったのは、夏枝と村井が不貞をはたらこうとしたからである。そしてこの場面では、それを知っている啓造が村井が病気になり洞爺で療養している事を、何も知らない自分の妻に告げてその反応を見ようとしているのだ。ところが夏枝は村井の話題には全く触れず、突然、
「あの、わたくし、女の子が欲しいと思っていましたの」
と突拍子もない事を言い出したのである。これが啓造には理解できなかった。彼は自分が現在村井の事を話しているのであり、村井と女の子が欲しいという妻の願いをどうにか結びつけようとしている。よって彼は、まさかとは思いつつも、夏枝は村井のいない寂しさを女の子を授かる事で紛らわそうしているのではないか、と疑ってしまったのだ。
ところが夏枝にとって、村井の事と女の子の事は全く別の話題なのである。彼女はルリ子のいない寂しさから純粋に自分の子どもを望んでいるのであり、その思いが募っていき、夫の話題を差し置いて自分の気持ちを話しただけなのだ。
結果として啓造は、その時たまたま妻が募りに募らせて言った一言に対して、勝手な「夏枝像」をつくり、自ら振り回されていったのである。

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