2011年1月23日日曜日

指ー佐々木俊郎

 ある時、彼女は銀座裏で一匹のすっぽんを買い、電車に乗って帰ろうとしていました。そして神田駅に付近に着き腰をおろすと、彼女は、自分の左脇に腰をおろしている男が、顔全体で痛さを堪えながら指先を握っているのに気がつきました。その男はなんと指の一節が切れてなくなっていたのです。話を聞くと、彼は扉に指を挟まれてそうなってしまったというのです。そして、事情を説明するやいなや、男はその場を後にします。男は一体その後、どうなったのでしょうか。
この作品の面白さは、〈すっぽんと人間の立ち位置が入れ替わる〉というところにあります。
まず、彼女はすっぽんを切る時、「あの男の指のように、このすっぽんの首がぐしゃぐしゃに切断されるのだ。彼女はそれを考えると厭(いや)な気がした。」と神田駅で指を握っている男のことを思い出します。この時彼女の世界では、自分は切る側、やる側であり、一方のすっぽんは切られる側、やられる側と立場にあるといえます。ですが、いざすっぽんを切ってみるとその口から指が見つかり、更に後日の新聞で神田駅で指を握っていた男は扉に挟まれたのではなく、すっぽんに指を切られたことを悟ります。ここで、すっぽんと人間の、切る、切られるという立場は逆転するのです。更にその男はスリであり、彼女のかばんの中身を狙っていたことを新聞の中で打ち明けています。ここでまた、彼女の立場も、やる側からやられる側に変わっていることが分かります。そしてこれらの立場の逆転に私たちは目を見はり、驚愕するのです。まさに物事の関係は絶対的なものではなく、一時的なものであり、それらは変化し合うところにこの作品の面白さがあるのです。

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