2015年2月4日水曜日

氷点(上)ー三浦綾子p190・1

◯啓造はルリ子の死以来、夏枝を憎みはした。
 啓造の中ではほんらい、夏枝は事件のあった当初、村井と浮気などせず辻口の妻として自分を愛し、ルリ子と共に自分の帰りを待っているはずだという想定が存在していた。と同時に、これは啓造にとって、夏枝にそうあって欲しいという願望でもあったのである。
 ところが実際のところ、夏枝は村井と不貞を働き、その間にルリ子は殺された。
 この啓造が描いた頭の中の理想と、頭の外にある現実が大きく食い違っているからこそ、彼は苦しみ妻を憎まずにはいられなくなっていったのである。
 しかし、だからと言って、どのような理由であれ夏枝に憎まれる覚悟は啓造には全くなかった。前記した通り、啓造の頭の中は、あくまで夏枝に愛されていることが前提になっており、それ以外の彼女の感情や行動はあまり想定されていない。だからこそこの場面において、陽子の戸籍のことで夏枝に恨めしい目で見られて、啓造はつい狼狽してしまったのである。

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