2012年3月9日金曜日

M侯爵と写真師(修正版)

「僕」と同じ会社に務めている杉浦という写真師は、大名華族中第一の名門で重厚謹厳の噂が高く、政界にも大きな影響を及ぼすであろう人物、M侯爵の特種を日頃からねらっていました。そんな彼の苦労も実ってか、杉浦はその後侯爵と親交を深めていき、やがてはすっぽん料理をご馳走になったことを「僕」に話して聞かせます。「僕」は「僕」でその話を聞いて、「大名華族の筆頭といってもよいM侯爵、そのうえ国家の重職にあるM侯爵が、杉浦のような小僧っ子の写真師、爪の先をいつも薬品で樺色にしている薄汚い写真師と、快く食卓を共にすることに」感嘆しました。
そんなある時、「僕」は仕事の関係でM侯爵と話す機会を得ることになります。もともと侯爵のことを尊敬していたこともあり、仕事を引き受けて早速一人で出かけて行きました。ところが、用談が済んでしまうと、侯爵は急に杉浦の話に話題を変えて、「ああ杉浦というのかね。ありゃ君、うるさくていかんよ」と言い出します。そして、その言葉に「僕」は驚くと同時に不快感を覚えました。やがて彼は、そうした2人の食い違いはどこにあったのかと考えていきます。さて、一体それはどのようなものだったのでしょうか。

この作品では、〈社会的な立場の違う相手にタテマエで話すあまり、かえって素直に受け取られてしまった為に起こった、ある食い違い〉が描かれています。

まず、2人の食い違いを考えるにあたって、「僕」は一度、お互いの気持ちをもう一度確認しはじめます。杉浦の話では、「侯爵ぐらい杉浦に好意を持っている人は、ちょっとなさそうに思われ」ます。ですが侯爵の話では、杉浦は侯爵にとってうるさいいやがられ者だというのです。しかし、ここでひとつ大きな疑問が残ります。それは杉浦が侯爵にすっぽん料理をご馳走になったことです。幾ら杉浦が図々しいは言え、突然押しかけてご飯をたかるとは考えにくいものです。ですが、侯爵は彼にご馳走する意思はなかったと話していました。ともすれば、侯爵はご馳走する意思はなかったが言葉の上ではそう言ったのではないか、という考えに「僕」は至りました。
そして次に「僕」は何故侯爵は口先だけの約束をし、杉浦はそれを素直に受け取ってしまったのか、と考えはじめます。そもそも、M侯爵は華族であり、政界にも少なからず精通している為、常日頃からタテマエで話す事に慣れているのでしょう。つまり、タテマエで話す事がひとつの技として完成しているのです。そしてこのすっぽんの一件の際も、言葉の上ではご馳走に誘っているものの、それは彼を拒否する皮肉としてそう言ったに過ぎないのです。ですが、写真師である杉浦は、日頃から他人の事情は二の次にして、図々しいとも言える方法で写真を撮ってきたこともあり、相手に言葉の上でも強く拒否される事も多々あった事でしょう。そんな彼がタテマエから「ご馳走してやる」と言われたところで、その意図に気づくのは難しいはずです。こうした2人の立場の違いから、この食い違いが起こっているのです。

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