「譲吉」は高等商業の予科に在学中、故郷にいる父が破産して退学の危機に直面したことがあります。そんな彼を救ってくれた人物こそ、同窓の友人の父、「近藤氏」だったのです。以来、彼は「近藤夫人」の手から学資を頂いていました。そして、学校を卒業して社会人になっても彼と彼女の関係は変わることはなく、譲吉は何かあると近藤夫人を頼り、彼女は彼女で彼の欲しがるものを与えていました。ですが、そんな彼でもたったひとつだけ手に入らないものがありました。それが「大島絣の揃い」でした。彼は大島を買いたいとは思いつつも金銭の問題から購入には至らず、それを買う機会を次第に失っていきます。
そんなある時、譲吉は電報でお世話になっていた近藤夫人が突然亡くなったことを知ることになります。これまで彼の生活を影で支えていた人物の死を聞いて、譲吉の心には大きな穴が開いてしまいます。
そうして途方に暮れているある日、彼は近藤の家の人々から夫人の形見である大島を頂きました。念願の大島に彼の妻は大喜びしました。彼も妻と同じく大島を手に入れたことに多少の満足は感じていましたが、素直に喜べない様子。どうやら、彼は恩人の近藤夫人から大島の揃いを得たことに対して、複雑な心情を抱いているようです。では、一体それはどのようなものなのでしょうか。
この作品では、〈感謝の気持ちがあり過ぎるあまり、かえって一番欲しかった贈り物を喜べなくなってしまった、ある男〉が描かれています。
この作品のラストでは、近藤夫人からもらった大島の揃いに対して、譲吉と妻の心情が対照的に描かれています。妻は素直にそれを「いい柄だわね、之なら貴方だって着られるわ。直ぐ解いて、縫わしにやりましょう。夫とも、一度洗張りをしなければいけないでしょうか。」と、素直に喜んでいましたが、当の譲吉はどうだったでしょうか。「一生の恩人である近藤夫人を失って、大島の揃を得た譲吉の心は、彼の妻が想像して居る程単純な明るいものとは、全く違って」いました。そもそも近藤夫人と「与えられる」関係にあった彼は、日頃から彼女に対して感謝の念を抱いていました。そんな彼のもとに大島の揃いが、彼女の形見として送られてきたのです。形見というからには、当然これは彼女が死ななければ手に入らなかったものであり、幾ら彼にとって欲しいものだったとは言え、素直に喜べるはずもありません。まさに彼は、彼女への感謝の気持ちがあったからこそ、その時の彼にとって、最大の贈り物であったであろう大島の揃いを受け取っても喜べず、複雑な気持ちにならなければならなかったのです。
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