士官候補生であるイワノウィッチは、ワルシャワで軍務についていた頃、白鳥座の歌手、リザベッタ・キリローナと恋いに落ちます。ところが、彼の恋敵であり彼の上官でもあるダシコフ大尉はこれをよしとはせず、「いいか、勲章(サン・ジョルジェ十字勲章のこと)の申請は、わしの思う通りになるのだ。どうだイワノウィッチ君! 安っぽい歌劇の歌手よりも、十字勲章の方を選んだらどんなものだ」と、自身の権力を使ってそれを阻止しようとするのです。しかし、正義感あるイワノウィッチはこの態度に激怒し、彼を罵りその申し出を拒否します。
ある時、それは戦火がワルシャワに近づいてきた頃、今度の戦争で生き残れないかもしれないと考えたイワノウィッチは、リザベッタに最後の別れを告げようと彼女のもとを訪れます。しかし、そこで彼は自分と恐らくは同じ事を考えていたであろうダシコフと鉢合わせしてしまうのです。そして取っ組み合いの末、彼はダシコフとリザベッタを射殺してしまいます。その後、彼はその罪を償う為に戦地へと赴き、やがてその功績は讃えられサン・ジョルジェ十字勲章を受け取ることとなるのです。
この作品では、〈自身の罪の償いの為に戦場に赴くあまり、かえって戦場そのものに価値を見出してしまった、ある男〉が描かれています。
もともと自分なりの正義感を持っていたイワノウィッチははじめ、ダシコフ大尉から勲章と引き換えに彼女を諦めよと言われた時、「権力と手段とで奪って行こうとするダシコフの態度に対する憎悪が、旺然と湧」きあがり、激しく拒否をしていました。この時、彼の勲章に対する印象というものも、当然いいものではなかったでしょう。しかし、いざサン・ジョルジェ十字勲章を受け取ることが決まった時、「今日、ニコライ太公からサン・ジョルジェ勲章を貰う欣びを少しでも傷つけるものではない。」と、なんとそれを喜んでいるではありませんか。一体、彼の勲章に対する印象はどこでどのように変わっていったのでしょうか。
イワノウィッチの心情が大きく変わった場面と言えば、言うまでもなくダシコフとリザベッタを殺してしまうシーンにあります。この時、彼は自殺を考えますが、「拳銃よりも、敵の巨砲の方が自殺の凶器としてはどれだけたのもしいものかも知れない」と、考えはじめます。そして同時に彼は、戦地に赴くことが自分の償いになるとも考えていました。こうして彼は自分で死ぬよりも他人に殺してもらう方が良いという消極面から、また戦場で活躍することが自分の罪の償いであり、自分の価値を高めるという積極面から戦場で戦うことを決意していくのです。またこれらの彼の心情は、「彼は、勇敢に戦い、自分の生命をできるだけ高価に売ることを考えた。」という一言に集約され、表現されています。そしてこの時はどちらかと言えば、上官と愛するものを自分の手で殺してしまった悔恨から、消極面が彼をつき動かしていたのでしょう。ですが、いざ戦場で戦いはじめると、次第に消極面が薄れていき、今度は「多くの人を殺して、価値を高める」という積極面が彼を殺戮へと駆り立てていきます。そして彼のそうした功績の末に、彼は勲章を貰うのですから、その時の彼には勲章が彼の価値そのものにうつった事でしょう。こうしてイワノウィッチは戦場への印象を変えていき、勲章を貰うことに対して喜びを感じていくようになっていったのです。
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