浅野内匠頭は京都から接待役の勅命を受け、その費用をどうきりつめようか苦心していました。彼としては、千二百両かかる費用をどうにかして七百両に抑えたいようです。しかし、その考えに待ったをかける人物がいました。肝煎りの吉良上野です。彼によると、それは慣例を破る行為である。ここは慣例に則り、前年よりも高い金額で勅使を接待すべきだといいます。ですが、どうしても費用を抑えたい内匠頭は、彼の助言を全く聞こうとしませんでした。
そして勅使の接待の前日、その接待方が少し変わった事を内匠頭は聞きのがしてしまったので、その場にいた吉良にそれを聞くことにします。ところが吉良は、先日彼が自分の助言を聞き入れなった事を理由に、教えることを拒みます。その挙句、癇癪を起こした内匠頭は刀を抜いて襲いかかりますが、同じくその場にいた梶川にそれを阻止されてしまうのです。やがて、乱心した彼はその場で切腹することになります。ところが、これを世間の人々は、殿中で切りつけるには、よくよく堪忍のできぬことがあってのことだろうと同情し、吉良を非難しました。そして浅野浪士の方でも、浅野の怨みを晴らす為、彼を討とうとしています。こうして、完全に世間から悪者扱いされる事になった吉良は、その命まで狙われてしまいます。ですが、彼は今逃げては世間の噂を肯定する事になり、それが気に食わないという理由から、その場を離れようとはしませんでした。結果、彼は赤穂浪士に打たれてしまい、悪者のままこの世を去ってしまったのです。
この作品では、〈世間の噂に反抗しようとするあまり、かえって事実として世間に知らしめてしまった、ある男〉が描かれています。
吉良は、世間の内匠頭に関する噂と自分に対する評価に関して、あまりにも事実とかけ離れている為に不快感を示していました。その思いから、当然彼は、自身にかけられた不当な汚名を晴らしたいと考えていたのでしょう。そして、その思いが強いあまりに彼は浅野浪士の敵討ちの噂を聞いた時、決して逃げようとはしませんでした。彼曰く、「わしと内匠頭の喧嘩は、七分まで向うがわるいと思っている。それを、こんな世評で白金へ引き移ったら、吉良はやっぱり後暗いことがあるといわれるだろう。わしは、それがしゃくだ」というのです。彼のこうした行動は、まさに世間の噂に対する反抗であり、噂が事実でないことを示す態度でもありました。ですが、彼はこうした態度をとったことにより、結局赤穂浪士に打たれてしまい、真実を伝える機会を永遠に失ってしまいます。もしこの時、彼が噂に反抗することよりも真実を伝える事を優先してその場から逃げていれば、このような結果にならなかったかもしれません。しかし噂に反抗するとを優先したばかりに、彼は噂に反抗するどころか、かえって振り回されてしまったのです。
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