州岩鼻の代官を斬り殺した国定忠次(くにさだちゅうじ)は、11人の子分を連れて信州追分(おいわけ)の今井小藤太の家を目指していました。しかし11人全員を連れて行っては目立ち過ぎる為、3人の子分を残し、残り何人かの子分を始末する必要があります。ですが、これまで自分の為に命を投げ出してきた子分達に対して、自ら甲乙をつける事が忠次にはどうしてもできない様子。そこで彼は、子分たちに入れ札で投票させて自分たちで誰が忠次についていくのかを決めさせる事にしました。
そして、この入れ札に関して一番嫌な心で見ていたのは稲荷の九郎助でした。彼は子分の中では一番の年輩であり、本来ならば忠次の第一の子分でなければいけませんでした。ところが、彼は忠次からも他の子分たちからもそのように扱われた事がありません。子分たちは表面的には「阿兄!阿兄!」と慕ってはいるものの、内心はそう思っておらず、忠次までもが自分を軽んじている事を彼は知っていたのです。そして今度はが入れ札をする事で、これらの事実が明るみに出ようとしているのです。そうすれば、九郎助の自尊心はますます傷ついてしまいます。そこで、彼は自分の自尊心を守るため、ある卑怯な手口を使ってしまいます。それは一体、どのようなものだったのでしょうか。
この作品では〈表面的な自分の地位を守ろうとするあまり、かえって自尊心を傷つけてしまった、ある男〉が描かれています。
まず、九郎助の考えた卑怯な手口とは、自分に票を入れるというものでした。そうすれば、自分の他にあと数票誰かが入れてくれれば自分の体裁は保たれ、親分である忠次の付き添いが出来ると考えたのです。ところが蓋を開けてみると、本人以外、誰も九郎助の名前を書いているものはありませんでした。札は彼以外は他の何名かの名前に集中していました。そこから彼は、他の者達は心の底から忠次の事を考えて投票した事を察します。そして、その一方で九郎助は自分だけが自らの自尊心を守るために投票した事を悔いはじめます。
そして、そんな彼に更に追い打ちをかける人物がいました。それは九郎助が自分に票を入れてくれるだろうと期待していた人物の一人、弥助でした。彼は、「十一人の中でお前の名をかいたのは、こ の弥助一人だと思うと、俺あ彼奴等の心根が、全くわからねえや」と嘘を言って、彼に近づいてきました。これに九郎助は怒りを感じるも、その怒りを沈めるしかありません。というのも、弥助の嘘を咎めるのには、自分の恥しさを打ち開ける必要があります。ですが、これ以上自分の自分の自尊心を傷つけたくない彼はただ黙っているしかありません。その一方で、九郎助は弥助がこんな白々しい嘘を吐くのは、自分があんな卑しい事をしたのだとは、夢にも思っていなければこそなのだと思い、ますます情けなくなっていきます。まさに、彼は自分の自尊心を守ろうとするあまり、かえってそれに振り回され、結果的に傷つかなければならなかったのです。
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