市の中心から外れた公園の、人通りの少ない道で、ある男女が散歩をしていました。その中で、どうやら彼らは別れ話をしている様子。
しかし、女と別れるにあたって、男は女に対して気になっていることがあるというのです。それはまだ彼女の事を愛していた頃、ある時彼は人妻であった彼女から、「これが、わたくしの夫ですから、よく見ておおきなさい」と女の夫の写真を見ることとなります。そして男は、彼女の夫の容姿の良さに嫉妬し、自身も懸命に容姿に磨きをかけていました。
ところがある日、男は実物の女の夫を見る機会を得ました。すると、彼女の夫は写真の男とは似ても似つかない、お粗末な容姿をしていたのです。これを知った男は、自身への容姿への興味をなくしていゆくと同時に、女への愛情もなくしていったといいます。ただ彼の中には、何故彼女が自分に偽物の夫の写真を見せる必要があったのかという疑問が残るばかりでした。
しかし、ここまでが女の計画の全てだったのです。彼女が男の容姿を良くするために、あえて写真を見せて男の嫉妬心に火をつけたのです。そして、彼に興味をなくし別の男を好きになると、実物の夫を見せて自分への愛情を失わせていったのです。
この作品では、〈あるものに価値を見出す為に、その対象とは別のものに価値を見出すこともある〉ということが描かれています。
まず、この作品の面白さとは言うまでもなく、恋愛において、それまで優位に立ち回っていたと思われる男が、物語の最後で、実は女の手のひらで踊らされていた事に気がつくという滑稽さにあります。ですが、そもそも男は何故この女性に踊らされてしまったのでしょうか。
彼ははじめ、彼女の偽物の夫の写真を見た時、「どうしてもわたくしのどこをあなたが好いて下さるか分からなかったのです。」と、自分よりも夫が美男子だと分かると、かなり弱気になっています。ですが、本物の夫の素顔を知った途端、彼は強気になって、彼女への愛情も冷めていってしまいました。つまり、彼は彼女自身になんらかの価値を見出しているのではなく、彼女の価値を見出すために、彼女と結婚している夫の容姿と自分とを天秤にかける事で、彼女の価値をはかっていたのです。そして、夫が自分より容姿が優れていると感じた時には、女はその証であり、男性よりも容姿をよくして彼女の心を掴もうと努力し、逆の場合はその夫が自分より劣っていると感じ、同時に女も劣っていると感じたために、その愛情も冷めていってしまったのでしょう。女は男のこうした性質を巧みに利用し、結果、男は架空の夫と一人相撲を繰り広げなければならなかったのです。
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