2012年2月8日水曜日

尾生の信ー芥川龍之介

この作品では、故事に登場する、橋の下で女と会う約束をした男、尾生が橋の下で彼女を待ち、死ぬまでが描かれています。そして著者は、こうした女を待つ彼の姿にシンパシーを感じている様子。では、彼は具体的に尾生のどのようなところを見て、そう感じているのでしょうか。
この作品では、〈自身が本当に描きたいものを待ち続ける、ある作家の姿〉が描かれています。
まず、この作品に登場する尾生という人物は、女を待っているうちに大雨のせいで河が増水しても尚、待ち続けていた為に死んでしまいました。著者はこの姿が、「この魂は無数の流転を閲(けみ)して、また生を人間に託さなければならなくなった。それがこう云う私に宿っている魂なのである。」という表現からも理解できるように、自身の文学への向き合い方と同じだと考えています。自分が向きあうべき対象が何かは理解できないまでも、そこにある、またはいつかはやってくる事は理解できる。しかし中々それはやってこないし、見える気配すらない。それでも、必ず来るものとして、命尽きるまで頑なに信じ待つ。この随筆では、著者のそうした作家としての苦悩、また覚悟が尾生の姿を通して描かれているのです。

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