2012年2月11日土曜日

船医の立場ー菊池寛

日本がまだ外国と自由に貿易をしていなかった時代、武士である吉田寅次郎と金子重輔(じゅうすけ)はどうにかしてアメリカ船に乗り込めないかと試行錯誤していました。彼らは、そうして外国へ渡りその技術を盗む事で、外国人を追い払おうと考えていたのです。そして数々の苦難を乗り越えた末、やがて彼らは念願のペリー提督が乗っているアメリカ船、ポウワタン船に乗り込むことに成功します。
一方、彼らが搭乗したポウワタン船では、この二人を受け入れるか否かをペリー提督と艦長と副艦長を中心に会議が開かれていました。まず艦長と提督の主張では、現実的に考えて彼らを受け入れる事は日本政府を刺激する事になり、二国間の友好関係を悪化させる恐れがあるというのです。ですが、副艦長は二人のアメリカの文化に対する関心は本物であり、二人を受け入れるべきだと主張しているのです。そして彼は、そもそも自分たちは閉鎖された日本国の人々を解放することが目的であり、提督らの主張はそれとは矛盾している事を指摘しました。この弁には提督も感動してしまい、何も言い返せなくなってしまいます。やがて提督は、苦しまみれに「ほかに意見はありませんか。」と、他の者に助けを求めはじめます。すると、船医であるワトソンは、その日本人の中の一人の手指に腫れ物があったことを思い出します。これは、寅次郎が旅先である女中に感染された、疥癬(※しつ)と呼ばれる皮膚病だったのです。そして、彼らの国ではこの病気が珍しい事を理由に、ワトソンは彼の皮膚表を脅威と見なし、彼らを受け入れる事を拒否すべきだと主張しました。この彼の一言によって、結局、寅次郎と重輔は船から追い出されてしまいます。
その三日後、アメリカ船に乗った日本人二人はその罰として、その首を切断される事になってしまいます。この事態を知ったポウワタン船の一同は、彼らを助けるのだと意気込みはじめます。しかし、そんな中、船医のワトソンはその時の自分の判断に自信が持てなくなり、果たして日本人が持っていた皮膚病が本当に脅威であったかどうかを、改めて調べはじめるのでした。

この作品では、〈正論を認められない為に、別の大義名分を用意して自分の主張を正当化する事がある〉ということが描かれています。

まずこの作品の軸というのは、下記にある、船医であるワトソンが会議の中で発言した一言にあります。

「私は船医の立場から、ただ一言申しておきたい。彼の青年の一人は不幸にも Scabies impetiginosum に冒されている。それは、わが国において希有な皮膚病である。ことに艦内の衛生にとっては一つの脅威(メナス)である。私は、艦内の衛生に対する責任者として、一言だけいっておく。むろん私はこの青年に対して限りない同情を懐いているけれども」

この一言によって、それまで日本人を受け入れる事を主張していた副艦長も、言葉を失ってしまいます。またその事に反対していた提督の方では、「青年の哀願を拒絶するために感ずる心の寂しさを紛らす、いい口実を得た」と考えていました。こうして、彼らは二人の日本人を拒絶することにしました。ところが、実際にその日本人たちが罰せられているところを目の当たりにした事で、ワトソンは自身の上記の主張に疑問を感じはじめ、再びそのそれが正しかったのかどうか、改めて検討しはじめます。つまり、彼はこの発言をした時、「艦内の衛生に対する責任者として」という言葉の裏には別の意味合いがあったのです。そこには恐らく、提督と同じような心持ちがあった事でしょう。だからこそ、彼は日本人を受け入れる事が決定しそうなタイミングで、寅次郎が皮膚病を患っている事を思い出し、それが本当に脅威なのかどうかをまともに審査せず、船医として上記のように発言してしまったのです。そうして彼は結果的に、寅次郎と重輔が罰せられている姿を見た時、良心を痛めて自分の判断を再び検討せずにはいられなくなっていったのです。

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