2012年2月21日火曜日

青木の出京ー菊池寛

最近になって世間からその才能を認められはじめてきたもの書き、雄吉はかつての畏友、青木との再会を果たします。ですが、彼らには並々ならぬ因縁があるらしく、目を合わせるなり、一方は怒りと恐怖を、もう一方はそれに対する反抗と憐憫を感じている様子。一体、彼らの過去に何があったのでしょうか。
事のはじまりは、彼らが高等学校に在学している時のことです。当時、雄吉は勉学に優れており、極度に高慢な態度をとる青木に、異常なまでの尊敬の目を向けていました。しかし青木の実家が破産した為に、彼は金銭的な支援を受けれなくなってしまいます。そこで雄吉は、自分が書生として住まわせてもらっている、近藤家の主人に彼の救済を頼みました。こうして、青木は雄吉と共に近藤の家で起臥することになりました。
そんなある日、雄吉は青木から百円の小切手を受け取り、現金を引き出す事を頼まれます。実はこの小切手は近藤の主人のものなのですが、青木は自分の仕事によって稼いだものなのだと言って彼にそれを渡しました。しかし後にこれは近藤の主人にばれてしまいます。ですが、雄吉はまたしても青木への尊敬の念から、全ての責任をかぶり、近藤の家を去っていきました。ところが、青木はその後も近藤家の貴金属を持ちだして、家を追い出されてしまい、彼の好意を踏みにじってしまいます。
以来、雄吉は青木に対して並々ならぬ憎しみを抱いているのです。ですが、一方の青木も雄吉に何処か挑戦的なところがあり、やがては彼よりも精神的に優位に立っていきます。一体、何故雄吉は青木に圧倒されていったのでしょうか。
この作品では、〈自らすすんで恩を売った為に、かえって仇で返されなければならなかった、ある男〉が描かれています。
まず、この作品の問題を紐解く為に、雄吉と青木の力関係を整理しながら作品を振り返っていきましょう。
もともと、雄吉は自分よりも勉学に優れていた青木に対して、狂信的と言って良い程の尊敬の念を抱いていました。彼は青木の為ならどんな事でも、例え自分に見返りがなかったとしても彼に尽くしていました。一方の青木は、彼を無論対等とは見ておらず、寧ろ彼を見下していました。この時、青木は雄吉よりも力が上だということになります。
ところが、青木の悪事が近藤の主人にばれて、雄吉が青木に変わって自分が全ての罪をかぶろうとする場面から、この力関係は逆転していってしまいます。この時、雄吉の心には彼への同情と、これまで自分を見下していた青木が自分に哀願している快感とがありました。やがて、彼のこうした快感は膨れ上がり、「俺は貴様の恩人だぞ、貴様の没落を救ってやった恩人だぞ。俺のいうことに文句はあるまいな」と、彼は恩を武器に青木に対して高慢な態度をとるようになっていきました。では、青木の方はどうだったでしょうか。恐らく、雄吉の申し出を受け入れた時は良かったのでしょうが、その後の雄吉の態度は元来高慢な彼にとって、とても堪えられるものではなかったことでしょう。彼に対して謙っている一方で、屈辱を感じていたに違いありません。ですが、雄吉に恩がある限り、青木は彼に対して優位に立つ事はできません。だからこそ、彼は雄吉への恩を仇で返し、その立場を一度元に戻す必要があったのです。まさに雄吉は自ら進んで恩を売った為に、青木に仇で返されるという災難を自ら招いてしまったのです。
そして六年経った今でも、雄吉がその当時の裏切りに対して怒りを感じているのと同じく、青木も彼に屈辱を与えられた事を根に持っており、彼を追い詰めていったのです。

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