2012年5月21日月曜日

クサンチスーアルベエル・サマン(森鴎外訳)

この作品は、著者のある妄想が舞台となっています。ルイ15世時代につくられたグラナダ人形であるクサンチスは、その美貌で他のあらゆる男性人形達を魅了し、楽しい日々を過ごしていました。ところがある時、彼女はその時好意を寄せていたブロンズ製の人形であるフアウヌスに、別の人形と戯れているところを目撃されて、怒り狂った彼によって砕かれてしまいます。では、この作品では一体どのような教訓があるのでしょうか。

この作品では、〈現実世界の有様を鋭く捉えている、著者の妄想〉が描かれています。

どうやら著者は本文でも断っているとおり、この作品に対して予め誰もが感心するような教訓や金言を用意して書いていたわけではありません。寧ろ、著者の遊びをその儘作品として発表しているだけに過ぎないのです。
ですがそれにも拘らず、クサンチスを中心としたこの作品の登場人物たちは、あたかも近代の上流貴族のような、複雑な設定と人生背景を持っています。一体何故、彼は単なる妄想をここまでリアリティある作品として発表できたのでしょうか。それは、彼が現実の世界と向きあう中で、同時に自分の妄想を育んできたのでしょう。というのも、私達は別の世界の出来事であると考えている神話や妄想を何もゼロから思い描いた、或いは頭の中からポンと閃いた訳ではありません。神が人間の形をしているように、また龍がトカゲの形をしているように、私達は現実の世界の物質を一度頭の中で取り入れて、それを別世界の骨組みとして用いています。更に、現実の世界の認識が深ければ想像の世界の出来事もより深いものへとなっていくはずです。これは、思いつきで書かれたライトノベルのSFよろも、独学でもよく研究されている作者が書いたSF小説の方がリアリティがあることからも理解できます。
そしてこの作品の場合も、著者は現実世界の人間の生活をよく観察し、上流階級の人々の暮らしぶりを人形にうつす事で、よりリアルで生々しい関係を描いています。ですから、著者の作品は単なる妄想がこうしてひとつの作品として発表されるまでのものになっているのです。

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