2014年11月7日金曜日

影法師ー豊島与志雄(修正版)

 ある小さな村の長者の屋敷には白く塗った塀があり、その外は子供達の遊び場になっていました。ある時、長者の子供がそこのお祖父さんに「お祖父さん、僕にあの……東の塀を下さいよ」と言い、壁に写った影を墨で塗って遊びはじめます。これには周りの大人達も関心を寄せました。
 しかし子供達の遊び心は満足せず、いつしか「影法師が塀からぬけ出して踊ってくれるといいんだがなあ」と思うようになっていったのです。そんなある日、髪の長い、見慣れない男がやってきて、なんと影を踊らせてやろうと言うではありませんか。
 ところはその次の日、男は折角子供達が書いた絵を黒く塗りつぶしてしまいました。これには子供達も憤慨しはじめます。しかしよく目を凝らしてみると、太陽が壁に反射し、その中で影が踊っていたのです。これを見た子供達は大喜びし、この奇妙な出来事をお祖父さんに話します。するとお祖父さんは、
「それはきっと、大変えらい人にちがいない。お前達はよいことを教わったものだ」
 と言ったのでした。

 この作品では、〈大人のきまり事に縛られない子供達が、かえって型にはまってしまっていた〉ということが描かれています。

 物語に登場する子供達の白い壁に影を描くという発想は、社会の中で生きる大人にとって、斬新にうつることでしょう。何故なら私達にとって、壁というものの存在を生活的な視点から見つめた時、土地と土地を仕切るという役割のみでしか存在し得ないならに他なりません。ですから子供達のように遊びの観点(面白いか否か)から見た壁に関心するのです。そして物語の大人達も、「えらいことを始めたな」と言って遊びの行方を見守っています。
 ところがこうした子供達にも、遊びの経験を積み上げていく中で生まれた、きまり事のようなものが徐々に出来上がっていきました。それは、黒い影を動かすのに、決して黒を足してはいけないということです。しかし、それこそが彼らが型にはまろうとしている証拠だと言わんばかりに、髪の長い男は白い壁一面を黒く塗りつぶしました。そして太陽の光があたった時、先に墨で書いた影は踊りだしたのです。
 子供達は大人達とは違った観点を持っているが為に、大人が思いつかないような発想を持ち得るのですが、同時にそれは別の制限を自分たちでかけていってしまったのでした。

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