源作とおきのの夫婦は、息子の出世を願い、市の中学校を受験させることを決意しました。彼ら、特に源作は若い頃からコツコツとお金を貯めていたにも拘わらず、たった2000円の貯金しかありません。一方で、醤油屋や地主の子供達はなんの苦労もせずに出世し、彼らを牛耳れる立場にありました。「息子を、自分がたどって来たような不利な立場に陥入れるのは」忍びない。そう考えた源作は、貧乏でありながらも息子を受験させようとしたのです。
ところが村の人々からは、「銭が仰山あるせになんぼでも入れたらえいわいな。」、「まぁお前んとこの子供はえあらいせに、旦那さんにでもなるわいな」などと揶揄される始末。それでも、源作だけは、
「少々の銭を残してやるよりや、教育をつけてやっとく方が、どんだけ為めになるやら分らせん。村の奴等が、どう云おうがかもうたこっちゃない。
と言って、あくまで息子を受験させる事を諦めません。しかし、受験が進み、息子の成績次第では市立に入れなければいけない可能性が出てきた途端、彼は躊躇しはじめます。そして村の村会議員である小川に、
「税金を期日までに納めんような者が、お前、息子を中学校へやるとは以ての外じゃ。」
と、たった数日税金の納期が遅れた事を指摘されただけで、源作はこれまでの自分の考えを改めていき、やがて息子の受験そのものを辞めていってしまうのでした。
この作品では、〈低い身分だからこそ、息子を受験させようとしたが故に、より自分たちの身分を自覚していかなければならなかった、ある夫婦〉が描かれています。
そもそも源作は、息子を自分のような境遇にしない為に、出世させる為に受験をさせました。ところが村の人々は、「貧乏人であるにも拘わらず、金持ちのまね事なんぞしよって」と言わんばかなりに、彼らを揶揄しはじめます。
ですが、それでも源作は頑なに受験させる事に対し、拘りを捨てようとはしませんでした。
しかし受験の成績次第では、私立の中学校に通わせなければいけないと知った時、彼は躊躇しはじめます。そしてそれは、学費を払えない危険性も隣り合わせである事も意味していました。もしここで税金を上げられてしまっては、彼らは息子を学校へ通わせられなくなるのです。
更に源作は小川に、たった2言3言言われたぐらいで、嘗ての「庄屋の旦那に銭を出して貰うんじゃなし、俺が、銭を出して、俺の子供を学校へやるのに、誰に気兼ねすることがあるかい。」という言葉に自信を失っていき、やがては受験をやめてしまうのでした。これはどういった事でしょうか。
彼は力関係が上の立場である小川に強く否定された故に、自信を失っていったのです。言わば言語が持つ理屈の上で納得したのではなく、身分が上であるか下であるのかという、階級からくる説得力に負けてしまっていたのでした。
上記の事から、彼らは自らの身分を改めて自覚せずにはいられなくなり、息子の受験を諦めていったのです。
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