2012年9月16日日曜日

張紅倫ー新美南吉

 奉天大戦争(※)の数日前、ある部隊の大隊長である青木少佐は、仲間の兵隊達を見回っていた最中、大きな穴に落ちてしまいました。ですが青木が穴に落ちていることに仲間たちは誰も気づかず、彼自身は敵兵に見つかってはいけないため、声もあげられません。そんな中彼を救ったのは、中国人である張紅倫(ちょうこうりん)とその父でした。青木は彼らに手厚くもてなされていましたが、ある時張紅倫の村の人々が青木をロシア人に売り渡そうという計画を企てはじめます。それを知った張紅倫は、青木を村から逃してやりました。
 それから戦争も終わり、青木が軍を退役して会社勤めをしていた頃、その会社にある若い中国人が万年筆を売りにきました。それは張紅倫でした。そして、彼は青木と運命的な再会を果たします。しかし、張紅倫は自分の事を張紅倫ではないと、嘘をついてしまいます。一体彼は何故嘘をついたのでしょうか。

 この作品では、〈相手への気持ちが強いあまり、かえって何も言わず相手の前から去らなければならなかった、ある青年〉が描かれています。

 青木は張紅倫と再会を果たした際、彼と話したい一心で張紅倫の素性を問いただそうとしました。ですが当の張紅倫と言えば、そんな青木の態度に応じようとはしません。しかし彼もまた青木と同じか、或いはそれ以上にそうした気持ちを持っていました。その証拠に彼は青木と再会した後日、彼にある手紙を送りました。そこには、自分は確かに張紅倫であることと、嘘をついた理由が綴ってありました。彼曰く、ここで中国人である自分が嘗て日本軍だった青木を助けた事が世間にばれてしまえば、青木の名前に傷がつく為、あの場では本当の事は言えなかったのだと言います。また、彼は明日、日本を旅立ち中国へ帰る事も書かれてありました。
 張紅倫は青木の事を大切な存在だと感じているからこそ、あえて青木と会わず去っていく道を選びました。またそうした彼の悲しくも強い決断が、この作品に感動という要素をもたらしているのです。

※奉天の会戦ー1950年(明治38年)3月、奉天付近で行われた日露戦争中最大最後の陸戦。日本軍が辛勝した。ここでは本文に即して、奉天大戦争としている。
大辞林参照

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