2013年12月10日火曜日

レポート;ヘレン・ケラーはどう教育されたかー1887年6月12日

 熱い日が続き、ヘレンもどうやらその暑さにやられてしまっているようです。
 ですが、サリバン以外の人々(恐らく文中から、医者などの人々の事ではないかと考えられる)はどういうわけか、彼女がくたびれている原因が暑さのせいではなく、その熱心過ぎる頭脳活動のせいだと考えています。一体この2つの見方の違いはどこからきているのでしょうか。
 そもそもサリバン以外の人々は、耳と目が見えない事からヘレン・ケラーを普通の子どもとして捉えてはいません。ですから彼らはヘレンがサリバンの教育を受ける以前は、彼女に魂があるとは考えておらず、また彼女が言葉を覚えたかと思えば、頭の働かせ過ぎであると診断してしまっているのです。
 彼らの人間観というものは、普通かそうでないか、人間としてのこころがあるのかないのかという平面的な構造でしかありません。ですから、現場でヘレンを教育しているサリバンのように、ない状態からある状態へという過程構造を捉える事が出来ず、同じ人間を扱っているはずなのに突拍子のない、的外れな見解を述べることになってしまうのです。そしてサリバンはこれを強く批判し、寧ろヘレンの唯一のエネルギーの発散方法である頭脳を使うことによって、暑さの気晴らしをしたのでした。

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