「でよぉ、お前の標準語なんとかならんがかぁ。」
慣れないビールの味に酔ってテレビをボーっと見ていた僕に、突然武志はこんな事を聞いてきた。これは地元に帰ってくるとよく言われる台詞である。というのも、大体僕のように、高知県を離れて他の県に行った友達は、向こうの方言がうつっても帰ってくれば土佐弁を喋る、或いは意地を張って向こうの方言を喋らないため、方言がうつらないまま帰ってくる。しかし僕の場合はその逆で、元々土佐弁が好きではない事、高知にいた時の自分が嫌いな事から、僕は頑として高知に帰っても標準語を話している。だから高知の友達からは奇妙がられるのだ。
「ごめん、どうにもなおらないんだ。土佐弁を話すとかえって変な感じするし。」
「まぁ山野君は大学行ってからずっと関東ながやし、仕方ないがやない。」
奥の間から武志の奥さんが出てきて、机の上の潰されたビール缶を片付けながらあっけらかんとこういった。
「そんなもんかや。」
武志は首を傾けながらビールに手をやった。僕は苦笑いで、
「長い間向こうにいるからね。」
とだけ答えた。すると武志は何か思い出したように、こうつけ足した。
「まぁな。昔はこうしてお前と酒を飲むとか考えられんかったなぁ。」
武志はしみじみと下を向きながら話を続けた。
「高校の時の俺って、ドラえもんのジャイアンみたいな存在やったやん。お前の事も馬鹿にしちょったし、先生とか大人も舐めちょった。けどこうして働きだして、自分が馬鹿にしてきちょったもんがすごかったがやなぁって事が分かったし、それにあんな事したに、こうして遊べるっていうのは有難いにゃあ。新しい友達もえいけんど、やっぱり古い友達がえい。」
こう語る彼は、昔を懐かしがるようでもあり、悔いるようでもあり、またこの場そのものを喜んでいるようでもあった。そして僕も同じ気持ちである。僕は高校生の頃を思い出していた。武志が語るように、昔の彼は乱暴者で機嫌が悪いと、なんにでもつっかかっていた。そしてクラスの中でも端の方の席にいた僕は、しょっちゅう彼の鬱憤のはけ口となっていた。ところが時が経ち成人を迎えた夜、武志は僕によそよそしく話しかけてきた。僕もどうしていいか分からず、どぎまぎしながらもそれに応じた。こうして僕と武志の付き合いははじまり、今でもこうして酒を酌み交わす仲となった。僕の胸ぐらを掴む武志。それに怯えながらも、彼の手を服から剥がそうとする僕。その過去があってこれ。そう考えるとやっぱり僕も僕で、滑稽で恥ずかしくもあり、心地良い。だから僕も僕の誠意をもって、彼に同意を示した。
「正直僕は古い友達だからこそやりづらいところがあるんだ。」
「そうなが。」
武志は少し意外そうな顔をした。
「うん。俺高知にいた時の自分って嫌いなんだよね。そして高知の友達はその時の僕を知ってるから、なんだかやりづらいなって思うこともあるんだよ。でも、こうしてお酒飲みながら昔の事を話すのも、いいなって思う。」
今度はウンウンと頷きながらビールを口に含み、
「まぁ、今日ははじめてお前がうちに遊びに来てくれた日やからな。ゆっくりしていってくれ。」
と言った。そして彼は奥さんにお酒のつまみを家中に響く声で催促していた。僕も、そんな武志の様子にホッと胸を撫で下ろしながら煙草に火をつける。そして思いっきり煙を肺に詰め込んで、ゆっくりと吐く。やがて煙は周りの空気に溶け込んでいった。
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