2012年8月21日火曜日

食堂ー森鴎外

 ある時、木村は役所の食堂に入り食事をとっているいると、上官と口ぶりが似ている男、犬塚に何らかの悪意があるかのように話しかけらます。犬塚は最近世間を騒がせている、無政府主義に興味を持っている様子。やがて彼らは、その後二人の話に間に入ってきた、山田という男と3人で無政府主義について話しはじめるのでした。

 この作品では、〈無政府主義に対するある知識〉が描かれています。

 この作品では、著者が登場人物である木村の口を借り、先生役として無政府主義の由来、及び歴史を紹介しています。そして、生徒として犬塚と山田が彼に話を促す役割を担っています。
 そして、こうした先生役と生徒役に分かれて、ある種の知識を登場人物たちが調べ読者に発表するという手法は、現在の漫画等の書物にも用いられています。ですが、一般的にそうした書物では先生役と生徒役はそれ以上の役割を持っておらず、人間模様も平面的なものになりがちではないでしょうか。
 ですが、この作品の場合はどうでしょうか。例えば、生徒役の犬塚は単純に木村に話を促すだけではなく、「君馬鹿に詳しいね」と何度か冷やかしています。そもそも犬塚という人物は、他の人々よりも立場が上らしく、食堂から特別に専用の弁当をつくってもらっているくらいです。そんな彼からしてみれば、自分より下の立場である木村が自分以上の知識を持っている事が面白くなかったのかもしれません。ですから、彼はあえて木村に無政府主義に関する知識を披露させる事で彼を冷やかしたとも考えられます。
 また木村は木村で犬塚との話に興が乗らないのか、話が終えると弁当箱を風呂敷に包んでさっさと出ていこうとしています。こうした行動は、あえて登場人物を退場させようとすることで、彼らが無政府主義に対する知識を語らせるという著者の意図とは別に、あくまで彼らの自由意志で話をしているように読者の私達は感じることでしょう。
 こうして著者は登場人物たちの人間模様に深みを持たせることで、無政府主義に対する知識を発表するという本来の目的とは別に、小説としての世界観をこの作品に持たせているのです。

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