政界を裏で牛耳っていた守山氏の夫人である千賀子は、ひょんな事から自分のもとに50万円が舞い込んできたこと、お茶の集まりの際に政界の夫人から立候補を後押しされた事をきっかけに、選挙への出馬を決意していきます。
ですが、そうした彼女の行動は、他人からはどうにも不順にうつってしまうようです。代議士に立候補した事も、ぼんやりとそれが自分がすべきものだと考えていただけに過ぎませんし、未亡人の身でありながら一回り以上年下の高木を誑かそうとした事も、決して本気ではありません。それもこれも、どうやら彼女が未亡人故だかららしいのです。
しかし、そんな千賀子が家の者に選挙への立候補を宣言し、自身がまずすべきこととして、夫の墓参りに行った時のことでした。手を合わせている彼女は、「すっきりした白痴」のように何も考えてはいませんでした。代議士に当選すること、3年前に亡くなった夫への助力もなく、霊界への祈念もありません。無心だったのです。
そして白痴となり、気持ちを新たにしたはずの千賀子ですが、活動活動に追われる日々に飛び込んでいった中で、その目をありふれた未亡人のように、濁らせていくのでした。
この作品では、〈夫の死を受け入れようとするが故に、夫の影を背負っていかなければならなくなっていった、ある未亡人〉が描かれています。
結論から申しますと、未亡人が未亡人たる所以というのは、常に夫の影がそこにつきまとっているからに他ならないのです。出馬を立候補した時も、高木を弄んでいた時も、その背後には常に故人守山氏が顔を出していました。そして千賀子はその度に、ある一面からは厚生参与官の妻、またある一面からは1人の男の女として見られていたのです。またそれらの面は、世間から未亡人としての同情をひいたり、いやらしく艶かしいものを感じさせたりするには十分過ぎる要因でもあります。そして彼女はこれらを自覚していたからこそ、そのいちいちの行動にはついつい不純さを感じてしまうのです。
ところが、亡き夫の墓参りに行った時、彼女には考えというものは何もありませんでした。つまり千賀子は夫と対面したことによって、1人の男の女に戻り、守山氏と共にいた頃の彼女に戻っていったのです。
しかしお参りが済むと、再び夫がいない現実の世界に戻り、未亡人としての千賀子に戻っていきます。そしてありふれた未亡人は活動活動に浸っていく中で、夫の影を周囲にちらつかせていきながら、それを武器に世の中を歩き渡り、瞳を濁らせていくのです。
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