2014年12月11日木曜日

レポート;氷点(上)

◯85.5啓造は、人の心がいつも論理に従って動くもののように考えているらしかった。
夏江はルリ子を失った事への耐え難い苦痛から、子供を欲しがった。しかし啓造は、彼女が村井とは最早共に過ごせず寂しく、またルリ子も殺されてしまったが故に、ルリ子の後釜を探し自分の感情を満たそうという、合理的な判断を下していると思った。
これは事件の直後、夏江がルリ子を放置し、村井と不貞をはたらいた事に対し、啓造が根に持っていることからきている。そこから彼の中のストーリーは次続きになっており、また夏江のという妻の像も、そこを起点としているからこそ、女としての彼女を疑っているのである。

◯101・1人間の身勝手さは、自己本能のようなものかも知れなかった。
事の発端は夏江がルリ子の存在を無視し、村井と淫らにも不倫しようとしたことから起きている。その為にくなって彼女は自分を責め、心を病んでしまっていた。
ところが病んでいくうちに、自分の殻に閉じこもり周りが見えないった。すると自分の中で、それまでの過程はなかったことになり、耐え難い辛さだけが残っていったのである。そこから夏江は自分だけが辛い思いをしているような錯覚に陥っていった。そうして彼女は自らの罪悪を忘れていき、所謂、悲劇のヒロインになることによって、自らを責めるどころか慰めていき、健康を取り戻したのである。
そしてそれまで自分を責めていた過程を忘れてしまった代わりに、自分以外の何かに原因を求めるようになり、結果として自分に言い寄ってきた村井を悪者にすることで、自らの潔白を自らに証明しようとしたのだ。

◯154ー2夏江のこの母性愛にも似たやさしさに、啓造はひどく非社会的なものを感じた。
夏江は貰ったばかりの子供に対し、貰い子と世間に知られてしまっては可哀想だ」という理由から、旭川に戻らず札幌に残るという気遣いを見せた。啓造はこうした夏江の、貰ったばかりの子に対し、すぐに情を寄せている態度を避難しているのだ。しかも旭川には彼女の実の息子の徹もいる。それなのにその子供の方へ気を遣う事が啓造には尚更許せない。そこが夏江の行動を非社会的と指摘した所以である。
そしてこれは一見、母親としての母性が働いているように見えるがそうではないのだ。彼女は誰かの子供を貰うことで、「自分の子供を貰った」という所有欲で自分を満たそうとしているのである。よって夏江がその愛情を向けている対象は子供自身ではなく、自分自身だというところも指摘し非難しているのだ。

◯190・1啓造はルリ子の死以来、夏江を憎みはした。
啓造は自分を裏切り、ルリ子が死ぬ原因をつくった夏江を憎んだ。そして今度は彼が夏江を追い込み、傷つけ復讐しようとして、犯人の娘である陽子を養子として貰ってきた。
しかしそれは同時に、夏江に対する愛情の裏返しでもあったのである。本当は自分を裏切らず、村井の相手をせず、ルリ子と共に自分の帰りを待って欲しかったという夫としての願いの裏返しからきているのだ。だからこそ啓造は、夏江を憎みはしたものの、逆に憎まれる覚悟はなかったのである。彼にとって夏江は、常にいかなる時でも彼を愛し慕う存在でなかればならなかった。

◯250・7夏江は鏡の中の自分に誓うように、声に出して大胆につぶやいた。
誰の子かは自分には告げず犯人の子供を貰い育て、自分に情が湧いた時点で全てを明かし復讐しようという恐ろしい夫の計画知った時、夏江はひどく動揺した。そして気を落ち着かせるために化粧をはじめていく。もともと無条件で美しいものが好きな彼女は、自らが美しくなることによって気持ちを保ち、自信を持っていったのである。
やがて美しくなり気を落ち着かせた夏江は、今度は実の夫に復讐の炎を燃やしていった。そしてそれまでの弱っていた彼女を写すのではなく、鏡に写る美しい夏江を見ることで復讐する決意を固めようとして、「そして、いつか身も心も辻口をうらぎってみせるのだわ」と大胆にも口にしたのである。

◯254・10「あのね。おとなは眠らなくても夢をみることがあるのよ。」
犯人の子を妻には知らせず、その愛情が十分注がれた時点で真実を話し貶めてやろうという啓造の恐ろしい計画を夏江は知った。そしてそれを知った彼女は、夫の計画の道具であり、自分が愛情を傾ける陽子を見た時、夫への憎しみが溢れ出し自らの手にかけようとしたのである。
ところが陽子がいざ苦しい表情を見せると、今度は愛情が顔を出して、後悔が彼女を襲いはじめた。そして最早その時には、自分が何故陽子の首を絞めてしまったのか分からなくなっていたのである。また、首を絞める前と絞めた後の、陽子という対象を見た時の感情の表れ方のベクトルがあまりにもかけ離れていた為に、まるで夢でも見ていたかのように思い、そのような表現を用いたのである。

◯339・3夏江は久しぶりに、きげんのよい笑顔をみせた。
自分への復讐を企てている夫と我が子を殺した犯人の娘である陽子がいる我が家は、最早夏江が心落ち着かせることができるところではなくなっていた。またそうした夫に復習し返してやろうと、嘗ては自身も心惹かれ、共犯者として仕立てあげようとした村井も、以前のような外見的な魅力はなくなってしまい、彼女もまたそんな彼を頼ろうという気持ちは起きなくなってきている。夏江の手近には、彼女の安らげる場所はなかった。
そんな時に啓造の京都への出張話が舞い込んできたのである。京都には彼女の実の父もいるのだ。四面楚歌のような状況の中で、夏江は久しぶりに自分の心を落ち着けられるような場所に帰省できるかも知れない喜びの為に笑顔を見せたのである。

◯341・3そう夏江は、村井にいいたかった。
夏江は自分に復讐せんとする夫に対し、復讐し返す為には、夫が不倫相手だと思い込んでいる村井に対し、好意を寄せることが効果覿面と考えた。しかしその村井はというと、嘗て淡麗だった容姿は失われ、輪郭がぼやけ太っていった。彼は数年の療養生活によって心身共に疲れていってしまったのである。
しかし夏江には外見がみにくい人間をどうしても愛せなかった。これは夏江にしか通らない論理であり、それは悪ですらある。それと同時に美しいものは無条件で好きであった。よって、夏江にとって村井は、いつまで経っても美しくなければならず、病気とは言え醜くなった者に同情する気にはなれなかったのである。
またそれによって、自分が考えていた計画が破綻してしまった事も夏江には我慢ならなかった。結果、自分が愛する対象としても、計画の共犯者としても彼女は村井を受け入れられなくなっていったのだ。

◯362ー3徹は少年らしい、妥協を許さぬ態度で憤慨した。
中学生だった徹にとって、父が突然の不慮の事故でこの世を去るかもしれない事が、世の中であってはならない不条理に思われたのであろう。彼は常日頃から、自身の両親に関しては口では言わずとも自慢しているところがあり、理想の存在なのである。その理想の父が、父としての責任を全うせずに、突然死ぬ事などあってはならないように思っているのだ。

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