2014年8月15日金曜日

父帰るー菊池寛

 ある日黒田家に、出奔していた父が約20年振りに帰ってくるところから物語ははじまります。彼はこれまで勝手気ままに放蕩生活を楽しんでいたわけですが、自身の老化からそうした生活が困難になってきており、我が家に帰ってきたのでした。そして母と弟と妹も、突然の父の帰郷を嬉しく思っている様子。
 ところがこの家の長男たる賢一郎だけは、それまで父がいない負担を自分が背負ってきたのだという思いから、家の敷居を跨ぐことを許しませんでした。やがて父の方でも兄の苦労話を聞いて、自分がかけた迷惑を考えて家を再び出る事を決意していきます。
 しかし弟や母は、このままでは父は路頭に迷うことになるのではとう懸念から、必死で兄に哀願するのでした。やがてそのうち兄も、暫く何か考えた後に、父を家に置く事を許していったのです。

 この作品では、〈父としての責任を全うして欲しかったという思いが強いあまり、かえって出奔していた父を養う決意をしていった、ある息子〉が描かれています。

 この作品で重要となってくる事は、父を家に入れる事を断固として拒否していた兄が、突然に他の家族の哀願をきっかけとしてそれを受け入れるようになっていった、ということです。彼はそれまで父がいないという家族の負担を一番強く受けていた為に、いきなりの父の帰郷を誰よりも許す事が出来なかったのでした。それまで父親代わりとして2人の兄弟を育ててくた兄の脳裏には、恐らく「父親がいればこんな苦労はせずに!!」という思いが常に浮かんでいた事でしょう。
 ところがこれは現実のあり方を捉えた後に、頭の中で理想の家族のあり方を想像していたからこそ、感じることのできる思いなのです。つまり兄は心の何処かでは父を恨んでいたと同時に、父に父としての責任を全うして欲しかったという思いが同時に存在していた事になります。
 更に兄が父を家に置く事を決めていった理由は、彼の心情の他にもうひとつ大きな要因があるのです。それは父が父としての役割を果たせる条件にあった、というところにあります。それまでの父の役割というものは、子供が成人するまで、一家を養わなければならないというところにありました。しかし道楽者である彼は、そうした責任を放棄した結果、家を20年間もあけていました。ところが子供達が成人し、今度は彼らが両親を養わなければいけない段になってくるとどうでしょうか。父も自身の老化から、自然と家に戻らなければならない必要性を感じはじめ帰ってきたわけですから、その役割を果たす事は心身の条件として十分可能です。
 ですから兄は、父のことをひどく恨む一方で、父に彼の責任を果たしてもらいたかった、もらいたいという思いから彼を受け入れようと思ったのでした。

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