1躾期
3月6日ーヘレンの教育における方針の決定
アン・マンスフィールド・サリバンは1887年3月3日のこの日に、ヘレン・ケラーと運命的な出会いを果たすことになります。
ヘレンに出会うまでのサリバンは、彼女の事を色白く神経質な少女だと思っていました。これはハウ博士が書いた、ローラ・ブリッジマンのレポートを読んでそう推察らしい事を後の彼女自身が認めています。しかし実際のヘレン・ケラーそうではなく、血色もよく常に子馬のようにたえず動いているような少女でした。
ですがこの少女には、同時に教育における大きな欠点があったのです。サリバン曰く、彼女には「動き、あるいは魂みたいなもの」が欠けているといいます。これはヘレンの精神的な未熟さを指摘しているのです。というのも、彼女は普通の6歳、7歳頃の少女と比べて、人のものを勝手に取らない、バッグの中を除かないといった、教育以前の基本的な躾が行き届いている様子がまるでありませんでした。そして、そうした躾の遅れが表情や態度にも表れている為に、反応はにぶくめったに笑う事はないのだと、サリバンは考えています。
そこで彼女は、「ゆっくりやりはじめて、彼女の愛情を勝ちとる」という大まかな方針を決めていったのでした。
3月月曜の午後ー方針の転換
しかし、その方針を大きく転換しなければいけない時期がはやくもきてしまいます。
この日、サリバンはテーブルマナーの件でヘレンとひどく争っていたのです。と言いますのも、ヘレンの食事作法というものは、手づかみであたりのものを食べ散らかし、他人のお皿にまで手を突っ込むというすさまじいものだったのでした。そしてサリバンはこれを良しとはしませんでした。
当たり前の事のように思われるかもしれませんが、私達がテーブルの上でナイフやフォーク、お箸で食事するのは自身の、人間たる両親からそうした教育を受けてきたからに他なりません。ですがもしこれが他の動物の両親だったならば、どうだったでしょうか。例えば、アマラとカマラのような、狼に育てられた事例はいくつか存在しますが、彼らは4足歩行し、調理されたものを嫌い、生肉を、勿論道具は使わず犬食いで食べていたと記録されています。つまり私達が人間たる所以は、人間的な躾や教育を受けてきたからであり、決してはじめから人間として完成していたわけではありません。ですからサリバンも、ヘレンを人間として躾けるべく、これまでのやり方を許さず、人間的な生活を強要したのです。
しかしヘレン自身はそれを拒み、これまで好き勝手に食事してきた経験から彼女に抵抗を試みました。
結果的にサリバンはヘレンに人間的な食事をさせることに成功しましたが、大きな課題が残ったのも事実です。やがてサリバンは3月6日にたてた方針を思いきって捨てる事を決断していきます。
3月11日〜13日ー土台からつくりなおす
前回の失敗から、サリバンはヘレンと「つたみどりの家」と呼ばれる1軒家に2人で住むことを決めました。というのも、彼女の両親はこれまで、目が見えず耳が聞こえず、口もきけない事を可哀想と思う心、同情から、ヘレンに対して人間的な躾を施す事をせず、彼女の好きなようにさせてきたのです。その為、ヘレン・ケラーという少女は真っ当な人間としての振る舞いが出来ず、したいかしたくないかで行動する、野生動物のような人物になってしまっていったのでした。
そこでサリバンは、いちど彼女を野生動物にしてしまった環境から離し、人間的な躾を施し、人間としての器を形成していこうと考えたのでしょう。
更にその手段として、サリバンは「征服」という方法を使うことによって、それまで形成されつつあった土台を壊し、新たな土台をつくろうとしました。
そしてヘレンの側でも、はじめこそこれを拒んではいましたが、徐々に否応なくそれを受け入れざるを得ないようになっていきます。彼女の振る舞いを許してくれる環境はもう何処にもないのですから。
2知性の生成期
3月20日ー器の形成と新たな課題
ヘレンは「征服」という最初の難関を乗り越え、遂に人間としての土台を手に入れたようです。人間としての強制的な躾を受けてきたことで、彼女は人間たる表情や行動(笑みを浮かべたりキスをしたりする)をとるようになってきたのです。そして器が形成すれば、次に重要なのは、何を注ぐのか、ということです。サリバンに曰く、これを考える事が今後の彼女の楽しい仕事なのだといいます。
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