2017年2月12日日曜日

大島が出来る話ー菊池寛(修正版)

   学生の頃、父の倒産をきっかけにして、近藤家の補助を受けていた「譲吉」は、「その夫人」に並々ならぬ恩義を感じていました。というのも、金銭的な補助だけならいざ知らず、金銭を渡す時の近藤夫人の手からは常に人情味を感じており、また衣類や日用品の世話など、彼の生活の痒いところにまで心を配ってくれていたのです。そうした彼女の気持ちを譲吉は常日頃から大切にしていました。その傍ら、夫人に恩を返すことは、どうにもおかしい事のようにも感じていました。恩を返す、という事は即ち、夫人の危機を待たねばいけませんから、当然それを望まなければなりませんし、一旦恩を返してしまうと、それまで築いてきた「与えられる関係」が終わり、夫人との繋がりが絶たれると思い、恩を返す気にはなれませんでした。
    やがて、彼は就職し、結婚すると金銭的な余裕も出てきて、服を何着か揃える事ができる身分にまでなっていきます。ですが、そんな彼でも大島の服だけは手を伸ばしにくいものを感じていました。「妻」の熱心な勧めによって貯金もしていたのですが、やがてその妻が妊娠すると生活費が嵩み、夫婦共々諦めていくようになります。しかしその一方で、譲吉は同じ時期に入社した同僚が大島の服を着ている姿を見ると、つい褒めてしまい、羨ましがらずにはいられませんでした。
    そんな彼に、ある時不幸が訪れます。なんとあれ程頼りにしていた夫人が突然亡くなってしまったのです。そして譲吉の心にはぽっかりと大きな穴が空いてしまいました。またそうした状態で夫人の葬式に連なったものの、彼にできる事は限られていたのです。無学な坊主の説教に腹を立てがらも、それ以外に弔う術を知らないのでそれに甘んじること。その受けてきた大恩を感じているにも拘らず、夫人との親交が浅い縁者と共に参列すること。そうした自身に、彼は無力さを感じずにはいられませんでした。
   やがてその数週間後、譲吉の家には、夫人から産衣が送られてきました。彼らはそれを夫人からの最後の贈り物として考えていました。しかし、その四、五日後には、譲吉があれ程欲しがっていた大島が届いたのです。妻はこれを嬉々としましたが、彼の心はそうした晴れやかな気持ちばかりではありませんでした。

   この作品では、〈夫人との力関係を大切にしようとするが故に、自身の甘えた心を自覚せねばならなかった、ある青年〉が描かれています。

    この作品の暗い読後感を考えるに当たって、もう一度、重吉の、近藤夫人への恩に対する考え方を見ていきましょう。夫人から贈り物を通して伝わってくる気持ちに関して彼は、大きな恩を感じており、それを大切にしたいと思っていました。そしてその為には、こうした関係そのものを保存する事が一番であり、少しでもつつけばその関係が崩れてしまうのではないかとも思っていました。ですがよく考えてみると、それは常にお互いの生活、健康状態が現状を維持しているという、言わば静的な見方によって成り立っています。と言いますのも、近藤家も譲吉の父のように倒産することだって、充分あり得る話ですし、この作品の後半のように、夫人が急死する可能性だって考えられたのです。万物は常に変化しています。それは人間関係だって例外ではありません。子供を育てていた親はいつか、子供に養って貰わねばならない時期がきますし、小さい頃に虐められて子供と虐めっ子が大人になって杯を酌み交わす事だってあるのです。変化のない関係などありません。
  ですがこの作品の不幸というものは、夫人が死んだ直後に、譲吉がそれに気づきはじめるというところにあります。もうそこには、恩を感じる対象そのものがいない訳ですし、そうした気持を表現する矛先を失った彼は、ただ悶々としてそれ溜め込む以外にありませんでした。
   しかしそれだけでは終わりません。夫人は死の直前まで譲吉の事を想っていました。あらすじの終盤にある通り、二つの贈り物が何よりの証拠です。こうした贈り物を受け取った彼の心持ちは恐らくこうでしょう。「念願の大島を貰った事もそうだが、それ以上に夫人の暖かさを改めて感じられた事は嬉しい。しかしこれを受け取った自身の態度というものは誰に指し示せばいいのか。夫人は死後も俺の世話をしてくれているというのに、俺はもう何もできる事はない。」夫人からの、死後送られてきた心尽くしは、かえって譲吉の夫人という存在への甘えを浮き彫りにしてしまったのでした。そしてその二度と返す事のできない恩といういうものが、この作品の読後感に皮肉と暗さをあたえているのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿