ある失業した侍(貴族に仕える侍で、後世の侍ではない)が夕暮れに京の町を歩いていると、ある家から鼠鳴きをして彼を誘ってくる女に出会いました。男はその女の容姿が淡麗な事もあり、一緒に寝ることにします。そうして男はそのままその家に居ついてしまうのでした。ですが、この女にはいくつか奇妙な点があります。まず女一人でその家に住んでいる事。そして、度々客人とも友人ともつかぬ訪問者が、彼女の家にやって世話をしてくれる事。さらに、訪問者は毎回毎回違う顔ぶれでやってくるのです。そして男の方でもこうした出来事に一応の注意は払っていましたが、女との甘美で優雅な生活に酔いしれる内に、気にも止めなくなっていったのです。
そんなある日、男は女から、「不思議な御縁でいっしょに暮しましたが、あなたもお気に召したあらこんなに長くいらっしゃるのでしょう。そうすれば、私のいうことは、生死にかからわず聴いて下さるでしょう。」と言われます。そうして、すっかり女との生活に魅せられていた男は、女からの鞭打ちの拷問を受け、傷が癒えると再び打たれるといった事を繰り返しました。
こうして男は女から傷つけられ、優しくされる生活が続いたかと思えば、男は女から強盗の手伝いを言いつけられます。その際女は細かい注意を与えてから、行かせました。しかしそこには男の他に、二、三十人の下人と小柄な頭領らしき男がいたのです。そして男は頭領の指示に従い盗みを働きました。そうして家に帰ると、女がお風呂や食事の世話をしてくれていました。男は段々と女と別れがたくなり、盗みも次第に気にならなくなっていきます。彼はどのような役割でも充分働きまいした。
しかし突如として別れの時がやってきてしまいます。ある時女は、「あなたと本意なく別れるようになるかもしれない」という言葉を残して、男の前から姿を消してしまったのです。ですが、盗みの技術をすっかり身につけてしまった男は、その挙句に御用となり、これらの話を白状してしまいます。そしてその男曰く、今思えばその時の頭領というのは、自分が連れ添っていたあの女であったらしいのです。
2017年2月16日木曜日
2017年2月12日日曜日
大島が出来る話ー菊池寛(修正版)
学生の頃、父の倒産をきっかけにして、近藤家の補助を受けていた「譲吉」は、「その夫人」に並々ならぬ恩義を感じていました。というのも、金銭的な補助だけならいざ知らず、金銭を渡す時の近藤夫人の手からは常に人情味を感じており、また衣類や日用品の世話など、彼の生活の痒いところにまで心を配ってくれていたのです。そうした彼女の気持ちを譲吉は常日頃から大切にしていました。その傍ら、夫人に恩を返すことは、どうにもおかしい事のようにも感じていました。恩を返す、という事は即ち、夫人の危機を待たねばいけませんから、当然それを望まなければなりませんし、一旦恩を返してしまうと、それまで築いてきた「与えられる関係」が終わり、夫人との繋がりが絶たれると思い、恩を返す気にはなれませんでした。
やがて、彼は就職し、結婚すると金銭的な余裕も出てきて、服を何着か揃える事ができる身分にまでなっていきます。ですが、そんな彼でも大島の服だけは手を伸ばしにくいものを感じていました。「妻」の熱心な勧めによって貯金もしていたのですが、やがてその妻が妊娠すると生活費が嵩み、夫婦共々諦めていくようになります。しかしその一方で、譲吉は同じ時期に入社した同僚が大島の服を着ている姿を見ると、つい褒めてしまい、羨ましがらずにはいられませんでした。
そんな彼に、ある時不幸が訪れます。なんとあれ程頼りにしていた夫人が突然亡くなってしまったのです。そして譲吉の心にはぽっかりと大きな穴が空いてしまいました。またそうした状態で夫人の葬式に連なったものの、彼にできる事は限られていたのです。無学な坊主の説教に腹を立てがらも、それ以外に弔う術を知らないのでそれに甘んじること。その受けてきた大恩を感じているにも拘らず、夫人との親交が浅い縁者と共に参列すること。そうした自身に、彼は無力さを感じずにはいられませんでした。
やがてその数週間後、譲吉の家には、夫人から産衣が送られてきました。彼らはそれを夫人からの最後の贈り物として考えていました。しかし、その四、五日後には、譲吉があれ程欲しがっていた大島が届いたのです。妻はこれを嬉々としましたが、彼の心はそうした晴れやかな気持ちばかりではありませんでした。
この作品では、〈夫人との力関係を大切にしようとするが故に、自身の甘えた心を自覚せねばならなかった、ある青年〉が描かれています。
この作品の暗い読後感を考えるに当たって、もう一度、重吉の、近藤夫人への恩に対する考え方を見ていきましょう。夫人から贈り物を通して伝わってくる気持ちに関して彼は、大きな恩を感じており、それを大切にしたいと思っていました。そしてその為には、こうした関係そのものを保存する事が一番であり、少しでもつつけばその関係が崩れてしまうのではないかとも思っていました。ですがよく考えてみると、それは常にお互いの生活、健康状態が現状を維持しているという、言わば静的な見方によって成り立っています。と言いますのも、近藤家も譲吉の父のように倒産することだって、充分あり得る話ですし、この作品の後半のように、夫人が急死する可能性だって考えられたのです。万物は常に変化しています。それは人間関係だって例外ではありません。子供を育てていた親はいつか、子供に養って貰わねばならない時期がきますし、小さい頃に虐められて子供と虐めっ子が大人になって杯を酌み交わす事だってあるのです。変化のない関係などありません。
ですがこの作品の不幸というものは、夫人が死んだ直後に、譲吉がそれに気づきはじめるというところにあります。もうそこには、恩を感じる対象そのものがいない訳ですし、そうした気持を表現する矛先を失った彼は、ただ悶々としてそれ溜め込む以外にありませんでした。
しかしそれだけでは終わりません。夫人は死の直前まで譲吉の事を想っていました。あらすじの終盤にある通り、二つの贈り物が何よりの証拠です。こうした贈り物を受け取った彼の心持ちは恐らくこうでしょう。「念願の大島を貰った事もそうだが、それ以上に夫人の暖かさを改めて感じられた事は嬉しい。しかしこれを受け取った自身の態度というものは誰に指し示せばいいのか。夫人は死後も俺の世話をしてくれているというのに、俺はもう何もできる事はない。」夫人からの、死後送られてきた心尽くしは、かえって譲吉の夫人という存在への甘えを浮き彫りにしてしまったのでした。そしてその二度と返す事のできない恩といういうものが、この作品の読後感に皮肉と暗さをあたえているのです。
やがて、彼は就職し、結婚すると金銭的な余裕も出てきて、服を何着か揃える事ができる身分にまでなっていきます。ですが、そんな彼でも大島の服だけは手を伸ばしにくいものを感じていました。「妻」の熱心な勧めによって貯金もしていたのですが、やがてその妻が妊娠すると生活費が嵩み、夫婦共々諦めていくようになります。しかしその一方で、譲吉は同じ時期に入社した同僚が大島の服を着ている姿を見ると、つい褒めてしまい、羨ましがらずにはいられませんでした。
そんな彼に、ある時不幸が訪れます。なんとあれ程頼りにしていた夫人が突然亡くなってしまったのです。そして譲吉の心にはぽっかりと大きな穴が空いてしまいました。またそうした状態で夫人の葬式に連なったものの、彼にできる事は限られていたのです。無学な坊主の説教に腹を立てがらも、それ以外に弔う術を知らないのでそれに甘んじること。その受けてきた大恩を感じているにも拘らず、夫人との親交が浅い縁者と共に参列すること。そうした自身に、彼は無力さを感じずにはいられませんでした。
やがてその数週間後、譲吉の家には、夫人から産衣が送られてきました。彼らはそれを夫人からの最後の贈り物として考えていました。しかし、その四、五日後には、譲吉があれ程欲しがっていた大島が届いたのです。妻はこれを嬉々としましたが、彼の心はそうした晴れやかな気持ちばかりではありませんでした。
この作品では、〈夫人との力関係を大切にしようとするが故に、自身の甘えた心を自覚せねばならなかった、ある青年〉が描かれています。
この作品の暗い読後感を考えるに当たって、もう一度、重吉の、近藤夫人への恩に対する考え方を見ていきましょう。夫人から贈り物を通して伝わってくる気持ちに関して彼は、大きな恩を感じており、それを大切にしたいと思っていました。そしてその為には、こうした関係そのものを保存する事が一番であり、少しでもつつけばその関係が崩れてしまうのではないかとも思っていました。ですがよく考えてみると、それは常にお互いの生活、健康状態が現状を維持しているという、言わば静的な見方によって成り立っています。と言いますのも、近藤家も譲吉の父のように倒産することだって、充分あり得る話ですし、この作品の後半のように、夫人が急死する可能性だって考えられたのです。万物は常に変化しています。それは人間関係だって例外ではありません。子供を育てていた親はいつか、子供に養って貰わねばならない時期がきますし、小さい頃に虐められて子供と虐めっ子が大人になって杯を酌み交わす事だってあるのです。変化のない関係などありません。
ですがこの作品の不幸というものは、夫人が死んだ直後に、譲吉がそれに気づきはじめるというところにあります。もうそこには、恩を感じる対象そのものがいない訳ですし、そうした気持を表現する矛先を失った彼は、ただ悶々としてそれ溜め込む以外にありませんでした。
しかしそれだけでは終わりません。夫人は死の直前まで譲吉の事を想っていました。あらすじの終盤にある通り、二つの贈り物が何よりの証拠です。こうした贈り物を受け取った彼の心持ちは恐らくこうでしょう。「念願の大島を貰った事もそうだが、それ以上に夫人の暖かさを改めて感じられた事は嬉しい。しかしこれを受け取った自身の態度というものは誰に指し示せばいいのか。夫人は死後も俺の世話をしてくれているというのに、俺はもう何もできる事はない。」夫人からの、死後送られてきた心尽くしは、かえって譲吉の夫人という存在への甘えを浮き彫りにしてしまったのでした。そしてその二度と返す事のできない恩といういうものが、この作品の読後感に皮肉と暗さをあたえているのです。
2017年2月9日木曜日
仇討三態ーその三(修正版)
江戸牛込二十騎町の旗本、「鳥居孫太夫」の家では、客も絶えた正月五日の晩、奉公人達が祝いの酒を囲っていました。興は衰えることなく、皆が気を良くしているところに、料理番の嘉平次までもがたまらなくなってやってきました。彼は奉公人達に煽てられ、徐々に気を良くしていきました。その様子を見ていた人々は次第に、このまま彼を煽てて遊んでやろうという心が芽生えはじめます。その中でもお庭番の中間の、
「なんでもお前さんは、若い時は大名のお膳番を勤めたことがあるそうだが、本当かな!」
「お膳番といえば、立派なお武士だ!」
などという言葉はより嘉平次を優越感を満たしました。しかし、これらは彼の嘘であり、実際にお膳番として出世したお武士は、彼の旧主の「鈴木源太夫」だったのです。
そのうち、話は何故彼がそんな立派な役職を棒に振ったのか、という話題へと移り変わっていきます。彼は、源太夫の逸話からそれらしいものを探そうとしました。ですが、実際のところ、源太夫は当時「幸田某」の妻と横恋慕をして、聞き入れて貰えなかった腹いせに旦那をきってしまったという、武士の逸話としてはあまりに不始末なものだったのです。そこで嘉平次は、源太夫が、正確には自分がお武士でありながらお膳番として働いている事を貶され、口論の末に切ってしまった事にしたのでした。そしてその証拠として、彼は二の腕の傷を見せました。これは無論、別につくったのでしたが、人々を納得させるには充分な効果を持っていました。
ところが、彼の嘘というものは真実味を帯び過ぎていました。というのも、なんと幸田某の娘、「おとよ」が嘉平次を自身の敵討ちと勘違いして殺してしまったのです。更に不幸な事に、この敵討ちは江戸の隅々にまで知れ渡ってしまい、嘉平次は本当に鈴木源太夫として裁かれたのでした。
この作品では、「他人の人生を借りて自慢してしまったが故に、他人の業まで背負わなければならなくなっていった、ある料理番」が描かれています。
この作品による最大の不幸は、嘉平次の一時の優越感に浸りたいという、誰しもが少しは抱く出来心が、人々の心に真実としてすっかり定着し、その挙句に殺されてしまったというところにあります。そして多くの読者は、多少なりとも、「何も殺されなくてもよかったのに」という想いを抱くことでしょう。
しかし敢えて嘉平次に非を見出すとするならば、鈴木源太夫の人生の背後に何かが潜んでいるのかを考えず、ただ、お武士である、大名のお膳番であるといった表の部分のみを追いかけてしまっていたところにあるのです。例えば芸能人というものは一見華やかな世界であり、自身の生まれながらの個性を修正されることなく、維持したまま、それを商品として稼いでいる姿は多くの人々にとって憧れの人生としてうつっている事でしょう。ですが、自分自身が商品であるという事は、一般人よりも、その人生が傷つく事を決して許されるようなものではないという事です。その証拠に、不倫や不祥事に関して人々は敏感で、一旦傷がついてしまうと活動を自粛したり、時には商品として扱う事が出来なくなります。
そうした憧れの目でしまう事は決して悪い事でありませんが、羨ましがってばかりでその裏側が見えないのは如何なものでしょうか。そしてこの物語の嘉平次の失敗というものは、極端な例ではありますが、そうした表面だけを愛でるような生き方をして来なかったからこそ、そうした顛末しかまっていなかったのです。
「なんでもお前さんは、若い時は大名のお膳番を勤めたことがあるそうだが、本当かな!」
「お膳番といえば、立派なお武士だ!」
などという言葉はより嘉平次を優越感を満たしました。しかし、これらは彼の嘘であり、実際にお膳番として出世したお武士は、彼の旧主の「鈴木源太夫」だったのです。
そのうち、話は何故彼がそんな立派な役職を棒に振ったのか、という話題へと移り変わっていきます。彼は、源太夫の逸話からそれらしいものを探そうとしました。ですが、実際のところ、源太夫は当時「幸田某」の妻と横恋慕をして、聞き入れて貰えなかった腹いせに旦那をきってしまったという、武士の逸話としてはあまりに不始末なものだったのです。そこで嘉平次は、源太夫が、正確には自分がお武士でありながらお膳番として働いている事を貶され、口論の末に切ってしまった事にしたのでした。そしてその証拠として、彼は二の腕の傷を見せました。これは無論、別につくったのでしたが、人々を納得させるには充分な効果を持っていました。
ところが、彼の嘘というものは真実味を帯び過ぎていました。というのも、なんと幸田某の娘、「おとよ」が嘉平次を自身の敵討ちと勘違いして殺してしまったのです。更に不幸な事に、この敵討ちは江戸の隅々にまで知れ渡ってしまい、嘉平次は本当に鈴木源太夫として裁かれたのでした。
この作品では、「他人の人生を借りて自慢してしまったが故に、他人の業まで背負わなければならなくなっていった、ある料理番」が描かれています。
この作品による最大の不幸は、嘉平次の一時の優越感に浸りたいという、誰しもが少しは抱く出来心が、人々の心に真実としてすっかり定着し、その挙句に殺されてしまったというところにあります。そして多くの読者は、多少なりとも、「何も殺されなくてもよかったのに」という想いを抱くことでしょう。
しかし敢えて嘉平次に非を見出すとするならば、鈴木源太夫の人生の背後に何かが潜んでいるのかを考えず、ただ、お武士である、大名のお膳番であるといった表の部分のみを追いかけてしまっていたところにあるのです。例えば芸能人というものは一見華やかな世界であり、自身の生まれながらの個性を修正されることなく、維持したまま、それを商品として稼いでいる姿は多くの人々にとって憧れの人生としてうつっている事でしょう。ですが、自分自身が商品であるという事は、一般人よりも、その人生が傷つく事を決して許されるようなものではないという事です。その証拠に、不倫や不祥事に関して人々は敏感で、一旦傷がついてしまうと活動を自粛したり、時には商品として扱う事が出来なくなります。
そうした憧れの目でしまう事は決して悪い事でありませんが、羨ましがってばかりでその裏側が見えないのは如何なものでしょうか。そしてこの物語の嘉平次の失敗というものは、極端な例ではありますが、そうした表面だけを愛でるような生き方をして来なかったからこそ、そうした顛末しかまっていなかったのです。
2017年2月3日金曜日
仇討三態ーその二ー菊池寛(修正版)
鈴木忠二郎、忠三郎の兄弟の弟は、敵討ちの旅に出て八年の後、親の仇である和田直之進の居場所を突き止める事が出来ました。しかし一人討つのでは、当座にいない兄の無念を考え、途中別れた道を戻り、迎えに行く事にしたのです。ところが二人がその場に行きついた時には、直之進は既に病死していたのでした。そして兄弟は八年の旅が徒労に終わった事、仇討ちを果たせなかった事の無念という苦い韮を噛み締めながら、故郷へ帰っていったのでした。
故郷に帰った彼らを待っていたのは、人々の罵詈雑言の数々でした。敵討を躊躇している間に死なれた、或いは病死した者が本当に和田直之進とも確認せずに帰参した。一番酷いものでは、兄弟は八年の敵討ちに飽きておめおめと帰ってきたのだという者までいます。ですが兄弟が一番悲しかったのは、そうした疑いを晴らす機会が、永久に来ない事でした。
そして兄弟の味わうべき韮は、まだ尽きてはいません。彼らと同藩である久米幸太郎兄弟は、実に三十余年の月の末、敵討ちを果たし帰ってきたのです。彼らの栄光を比較する為、市井の人々は鈴木兄弟を引き合いに出して噂しました。韮はそれだけではありません。実は鈴木と久米は遠い縁者であり、忠二郎は敵討ちをの祝いの席に出席せねばならなかったのです。忠二郎は、ここで欠席すれば、人々から新たに後ろ指を指される種を自らつくってしまうと思い、必死の覚悟で酒宴に連なりました。
その当日、夜も更け、客が一人一人と抜けていく中で、それを見計らって久米幸太郎から酒を一杯貰いにいきました。その際、「御不運のほどは、すでにきき及んだ。御無念のほどお察し申す」と彼を労わりました。この真摯な同情のこもった言葉を聞いた忠二郎は、つい愚痴っぽくなり、幸太郎達を羨ましがったのです。彼は男泣きに泣きました。しかし幸太郎は制するように、
「何を仰られるのじゃ。一旦敵を持った者に幸せなものがござろうか。御身様などは、まだいい。御身様は物心ついた七歳の時から四十七歳の今日まで、人間の定命を敵討ばかりに過ごした者の悲しみをご存じないのじゃ。」
と、大粒の涙を零しながら言いました。忠二郎は傷ついた胸が和らぐような想いがすると共に、幸太郎と共に涙を流したのです。
この作品では、「仇討ちの失敗が、かえって成功者との理解を深めていくきっかけとなっていった、ある敵討ち」が描かれています。
感情の理解という意味において、この作品の中で主体的に動いている人物は、忠二郎ではなく、主に幸太郎の側です。ですので、ここはひとまず、幸太郎の中で、忠二郎の内面をどのように見つめていったのかを整理していく事が妥当でしょう。
そしてその大きな手助けとなったものが、敵討ちの失敗でした。同じ敵討ちという目標を掲げて故郷を出発したにも拘わらず、自分たちは成功し、鈴木兄弟は失敗した事に関して、幸太郎は同情を寄せずにはいられなかったはずです。そうして彼は自らの体験をもとにして、忠二郎の内面を追体験しはじめます。しかし、彼の八年という旅路が徒労に終わり、人々から受ける屈辱に耐えなければならぬ兄弟に同情する一方で、一方引いた視点から更に自分達の旅路と彼らの旅路の比較をした事でしょう。そして自分たちの三十余年という、自分たち敵討ちの特殊的な在り方を再確認したのです。
またそれを受けた忠二郎にも変化が当然にありました。それまで自分達の無念ばかりに囚われて、自分の世界に閉じこもっていた彼にとって、幸太郎の「何を仰られるのじゃ。一旦敵を持った者に幸せなものがござろうか。(以下略)」という言葉は、自分知らない痛みがまだあったのか、という衝撃があったはずです。そして互いの、誰にも知り得る事の出来ない痛みが、互いにある事を忠二郎は知った為に、共感の涙を流す事が出来たのでした。
故郷に帰った彼らを待っていたのは、人々の罵詈雑言の数々でした。敵討を躊躇している間に死なれた、或いは病死した者が本当に和田直之進とも確認せずに帰参した。一番酷いものでは、兄弟は八年の敵討ちに飽きておめおめと帰ってきたのだという者までいます。ですが兄弟が一番悲しかったのは、そうした疑いを晴らす機会が、永久に来ない事でした。
そして兄弟の味わうべき韮は、まだ尽きてはいません。彼らと同藩である久米幸太郎兄弟は、実に三十余年の月の末、敵討ちを果たし帰ってきたのです。彼らの栄光を比較する為、市井の人々は鈴木兄弟を引き合いに出して噂しました。韮はそれだけではありません。実は鈴木と久米は遠い縁者であり、忠二郎は敵討ちをの祝いの席に出席せねばならなかったのです。忠二郎は、ここで欠席すれば、人々から新たに後ろ指を指される種を自らつくってしまうと思い、必死の覚悟で酒宴に連なりました。
その当日、夜も更け、客が一人一人と抜けていく中で、それを見計らって久米幸太郎から酒を一杯貰いにいきました。その際、「御不運のほどは、すでにきき及んだ。御無念のほどお察し申す」と彼を労わりました。この真摯な同情のこもった言葉を聞いた忠二郎は、つい愚痴っぽくなり、幸太郎達を羨ましがったのです。彼は男泣きに泣きました。しかし幸太郎は制するように、
「何を仰られるのじゃ。一旦敵を持った者に幸せなものがござろうか。御身様などは、まだいい。御身様は物心ついた七歳の時から四十七歳の今日まで、人間の定命を敵討ばかりに過ごした者の悲しみをご存じないのじゃ。」
と、大粒の涙を零しながら言いました。忠二郎は傷ついた胸が和らぐような想いがすると共に、幸太郎と共に涙を流したのです。
この作品では、「仇討ちの失敗が、かえって成功者との理解を深めていくきっかけとなっていった、ある敵討ち」が描かれています。
感情の理解という意味において、この作品の中で主体的に動いている人物は、忠二郎ではなく、主に幸太郎の側です。ですので、ここはひとまず、幸太郎の中で、忠二郎の内面をどのように見つめていったのかを整理していく事が妥当でしょう。
そしてその大きな手助けとなったものが、敵討ちの失敗でした。同じ敵討ちという目標を掲げて故郷を出発したにも拘わらず、自分たちは成功し、鈴木兄弟は失敗した事に関して、幸太郎は同情を寄せずにはいられなかったはずです。そうして彼は自らの体験をもとにして、忠二郎の内面を追体験しはじめます。しかし、彼の八年という旅路が徒労に終わり、人々から受ける屈辱に耐えなければならぬ兄弟に同情する一方で、一方引いた視点から更に自分達の旅路と彼らの旅路の比較をした事でしょう。そして自分たちの三十余年という、自分たち敵討ちの特殊的な在り方を再確認したのです。
またそれを受けた忠二郎にも変化が当然にありました。それまで自分達の無念ばかりに囚われて、自分の世界に閉じこもっていた彼にとって、幸太郎の「何を仰られるのじゃ。一旦敵を持った者に幸せなものがござろうか。(以下略)」という言葉は、自分知らない痛みがまだあったのか、という衝撃があったはずです。そして互いの、誰にも知り得る事の出来ない痛みが、互いにある事を忠二郎は知った為に、共感の涙を流す事が出来たのでした。
2017年1月31日火曜日
仇討ち三態・その一ー菊池寛(修正版)
父を殺された事をきっかけに、仇討ちを志した惟念は、それに十六年間という、長い月日を費やしました。しかし仇討ち相手は一向に見つからず、遂には自身の仇討ちの成功を祈っていた母親までもが死去してしまう始末。そして途方に暮れた彼は、得度して雲水として仏道修行に励んでいました。ところが、得度したとは言え、惟念の中には依然として復讐の心が微かに残っているのです。
そんなある日、とある老僧が彼の前に現れます。顔立ちは惟念の前にいたので確認することはできませんでしたが、その作務衣は、在俗の頃に来ていたものらしく、なんと惟念の仇討ち相手と同じ紋があったのです。これには彼も動揺し、これまで自身の内にあった復讐心がこみ上げてきました。が、仏道に励む自分が、在俗の頃の事情を持ち出すべきではないし、未だ仇討ち相手ときまった訳ではないと思い、その心を鎮めます。又、彼の持ち得る数少ない情報では、仇討ち相手の右顎には傷があるらしいのです。ですから彼は、決して顔は見ないようにしようとしました。
ところが、ひょんな老僧の仕草から、その顎を見てしまいます。そしてそれは矢張り、惟念の仇討ち相手に相違ありませんでした。刹那、「おのれ!」という言葉が口をついて出かかりましたが、彼の道心は辛うじて打ち勝ち、老僧を痛めつけてやりたいという衝動を抑えることが出来たのです。
ですが、自分の心が信用できない惟念は、二度と未練がましい妄執に囚われないように、何かに誓っておきたい気持ちになりました。そこで、一層の事老僧に打ち明けて、現在の自分が復讐とは無縁の身である事を伝えておこうと思ったのです。しかしながら、今度は事情を知った老僧が仇討ちを進めまじめます。
「われらは、身上の有付きなきための、是非なき出家じゃ。御自分は違う。われらを討ち申されて帰参なさるれば、本領安堵は疑いないところじゃ。その上、我らを許して安居を続けられようとも、現在親の敵を眼前に置いては、所詮は悟道の妨げじゃ。妄執の源じゃ。心事の了畢などは思いも及ばぬことじゃ。」
このような言葉は、惟念の覚悟を揺さぶるのに、充分な効果を持っていました。が、またしても彼は迷いに打ち勝ち、笑い飛ばしてしまいます。
その夜、雲水たちには座禅を休止するお触れが出ていましたが、惟念にとっては大切な一夜だったので、ただ一人座禅に励みました。すると、眼前にいる父の敵を打たなかった事への悔恨が強烈に彼を支配しようとしますが、それが徐々に薄れていき、やがては神々しい薄明かり
がその心の内をほのかに照らすような心持ちになっていったのです。
その後、惟念んは床に就きますが、なかなか眠る事ができません。そして漸く眠気が襲ってきて目を瞑ったかと思うと、何者かが彼の前に立っていたのです。それは昼間の老僧に他なません。彼は惟念の言葉が信じられず、逆恨みによって殺しに来たのでした。それに対して憐憫の心を惟念は感じましたが、すぐに消えていき、
「愚僧は宵より、右肩を下につけ、疲れ申す。寝返りを許されい!」
と言って、再び目を瞑ったのでした。この次の日、老僧は彼の前から姿を消しました。
この作品では、〈日々の仏道修行によって、己れの復讐心を信仰へと変えていった、ある愚僧〉が描かれています。
武士の子として生まれ、復讐を宿命づけられた惟念は、その半生を仇討ちに捧げてきました。しかし、母の死をきっかけに得度し、仏道の道を志していたところに、ひょっこりと仇討ち相手と遭遇してしまったところから、物語は進んでいきます。そしてその最後に、仇討ち相手は性懲りも無く、惟念の心中が信用できないという理由から、今度は彼自身の命を奪おうしました。しかし惟念はそのような事には頓着せず、他人事のように眠りに就いていったのです。この場面は、読者たる私たちに大きな衝撃を与えた事でしょう。それでは、あれ程復讐の念を捨て切れなかった彼が、このような境地に至るまでには、どのような葛藤があったのかを見ていきましょう。
そもそも、彼が得度する以前から、このような葛藤があった事が考えられます。何せ半生をかけた生き方だったのですから、そう簡単に捨てられる筈もありません。では、どのようしてその復讐心を捨て去っていったのでしょうか。それは彼が母を失った時に感じた強烈な虚無感が、関係しています。
例を持ち出して説明しましょう。例えば、医学生がその研修の際、肺がんで亡くなった患者の肺を見て、喫煙を決意するなどと言った話はよく耳にします。大抵の場合は一週間程度で再び喫煙者は喫煙を再開してしまうらしいのですが、ごく一部の生徒は禁煙に成功するのも事実です。彼らと再び喫煙をはじめた生徒の分水嶺とは、その時その時の誘惑に打ち勝ち続けられたのか、という事に他なりません。肺がん患者の肺を見た衝撃は同じでも、それを持ち続けられるかどうか、そしてその打ち勝ち続けた実績が禁煙への決意を一層強くしていったのでしょう。
そして禁煙と復讐とでは、ベクトルもレベルも違いますが、その心の揺れ動きに関しては、同じ事が言えるでしょう。恐らく、修行を始めた当初、惟念は何度も何度も、自身の復讐心が彼を支配しようと襲ってきたはずです。しかし、母を失った虚無感がそれを妨げ、復讐の他に生きる道を探そうとして、仏道へと戻す手助けとなった事でしょう。そして、その打ち勝った実績が彼の信仰の強さとなって表れているのです。
だからこそ惟念は、自身の仇討ち相手が眼前に現れ、これまでにない強烈な衝動に身を動かされそうになっても、それまで積み上げてきた自分がそれを支え、結果として、完全に克服する事が出来たのでした。
そんなある日、とある老僧が彼の前に現れます。顔立ちは惟念の前にいたので確認することはできませんでしたが、その作務衣は、在俗の頃に来ていたものらしく、なんと惟念の仇討ち相手と同じ紋があったのです。これには彼も動揺し、これまで自身の内にあった復讐心がこみ上げてきました。が、仏道に励む自分が、在俗の頃の事情を持ち出すべきではないし、未だ仇討ち相手ときまった訳ではないと思い、その心を鎮めます。又、彼の持ち得る数少ない情報では、仇討ち相手の右顎には傷があるらしいのです。ですから彼は、決して顔は見ないようにしようとしました。
ところが、ひょんな老僧の仕草から、その顎を見てしまいます。そしてそれは矢張り、惟念の仇討ち相手に相違ありませんでした。刹那、「おのれ!」という言葉が口をついて出かかりましたが、彼の道心は辛うじて打ち勝ち、老僧を痛めつけてやりたいという衝動を抑えることが出来たのです。
ですが、自分の心が信用できない惟念は、二度と未練がましい妄執に囚われないように、何かに誓っておきたい気持ちになりました。そこで、一層の事老僧に打ち明けて、現在の自分が復讐とは無縁の身である事を伝えておこうと思ったのです。しかしながら、今度は事情を知った老僧が仇討ちを進めまじめます。
「われらは、身上の有付きなきための、是非なき出家じゃ。御自分は違う。われらを討ち申されて帰参なさるれば、本領安堵は疑いないところじゃ。その上、我らを許して安居を続けられようとも、現在親の敵を眼前に置いては、所詮は悟道の妨げじゃ。妄執の源じゃ。心事の了畢などは思いも及ばぬことじゃ。」
このような言葉は、惟念の覚悟を揺さぶるのに、充分な効果を持っていました。が、またしても彼は迷いに打ち勝ち、笑い飛ばしてしまいます。
その夜、雲水たちには座禅を休止するお触れが出ていましたが、惟念にとっては大切な一夜だったので、ただ一人座禅に励みました。すると、眼前にいる父の敵を打たなかった事への悔恨が強烈に彼を支配しようとしますが、それが徐々に薄れていき、やがては神々しい薄明かり
がその心の内をほのかに照らすような心持ちになっていったのです。
その後、惟念んは床に就きますが、なかなか眠る事ができません。そして漸く眠気が襲ってきて目を瞑ったかと思うと、何者かが彼の前に立っていたのです。それは昼間の老僧に他なません。彼は惟念の言葉が信じられず、逆恨みによって殺しに来たのでした。それに対して憐憫の心を惟念は感じましたが、すぐに消えていき、
「愚僧は宵より、右肩を下につけ、疲れ申す。寝返りを許されい!」
と言って、再び目を瞑ったのでした。この次の日、老僧は彼の前から姿を消しました。
この作品では、〈日々の仏道修行によって、己れの復讐心を信仰へと変えていった、ある愚僧〉が描かれています。
武士の子として生まれ、復讐を宿命づけられた惟念は、その半生を仇討ちに捧げてきました。しかし、母の死をきっかけに得度し、仏道の道を志していたところに、ひょっこりと仇討ち相手と遭遇してしまったところから、物語は進んでいきます。そしてその最後に、仇討ち相手は性懲りも無く、惟念の心中が信用できないという理由から、今度は彼自身の命を奪おうしました。しかし惟念はそのような事には頓着せず、他人事のように眠りに就いていったのです。この場面は、読者たる私たちに大きな衝撃を与えた事でしょう。それでは、あれ程復讐の念を捨て切れなかった彼が、このような境地に至るまでには、どのような葛藤があったのかを見ていきましょう。
そもそも、彼が得度する以前から、このような葛藤があった事が考えられます。何せ半生をかけた生き方だったのですから、そう簡単に捨てられる筈もありません。では、どのようしてその復讐心を捨て去っていったのでしょうか。それは彼が母を失った時に感じた強烈な虚無感が、関係しています。
例を持ち出して説明しましょう。例えば、医学生がその研修の際、肺がんで亡くなった患者の肺を見て、喫煙を決意するなどと言った話はよく耳にします。大抵の場合は一週間程度で再び喫煙者は喫煙を再開してしまうらしいのですが、ごく一部の生徒は禁煙に成功するのも事実です。彼らと再び喫煙をはじめた生徒の分水嶺とは、その時その時の誘惑に打ち勝ち続けられたのか、という事に他なりません。肺がん患者の肺を見た衝撃は同じでも、それを持ち続けられるかどうか、そしてその打ち勝ち続けた実績が禁煙への決意を一層強くしていったのでしょう。
そして禁煙と復讐とでは、ベクトルもレベルも違いますが、その心の揺れ動きに関しては、同じ事が言えるでしょう。恐らく、修行を始めた当初、惟念は何度も何度も、自身の復讐心が彼を支配しようと襲ってきたはずです。しかし、母を失った虚無感がそれを妨げ、復讐の他に生きる道を探そうとして、仏道へと戻す手助けとなった事でしょう。そして、その打ち勝った実績が彼の信仰の強さとなって表れているのです。
だからこそ惟念は、自身の仇討ち相手が眼前に現れ、これまでにない強烈な衝動に身を動かされそうになっても、それまで積み上げてきた自分がそれを支え、結果として、完全に克服する事が出来たのでした。
2017年1月29日日曜日
入れ札ー菊池寛(修正版1)
上州岩鼻の代官を斬り殺した「国定忠次」は、赤山城に籠城していましたが、そこが防ぎきれなくなると、十数人の子分を連れて信州へと逃げていきました。しかし他国へと逃げる為には、現在の子分達の人数が多すぎる為、その中から数人をお供として選ばなければなりません。途端、忠次の心中には、「喜蔵」、「嘉助」、「浅太郎」の三人の名が思い浮かびました。
ですが、そもそも籠城する以前は五十人いた子分達も、今ではその一握りの十一人で、彼等の忠次への忠誠は尋常なものではりません。そして、これまで苦楽を共にした子分達の中から誰からを選ぶことは、そこに優劣をつけることにもなります。子分を想う忠次の心は、その三人の名を口から告げる事を許してはくれません。そこで子分達との思案の結果、入れ札によって、忠次の付き人「三人」を決めようということになりました。
ですが、入れ札によって決める事が厄介だと感じている者もいました。少なくとも、「九郎助」はそう考えていました。彼は忠次一家の一番の古株で通常であれば、彼こそが第一の兄分でなければなりません。しかし現実の彼は近年の自身の失態から、その十数年培ってきた声望がめっきり落ちてしまっていたのです。また九郎助の側でも忠次とまったく同じ、三人の名前が頭に浮かびました。一方自分の側で辛うじて入れてくれそうな人物と言えば、彼と同期で後輩連中の台頭を快く思っていない「弥助」以外は思いもつきません。
そんな事を考えていると、遂に弥助から筆を渡され、九郎助の番が回ってきました。この時弥助は意味ありげな、好意の眼差しが送られました。すると九郎助は、どうしてもあと一枚が欲しくなります。自分の票以外を除き、例の三人の票が割れると考えれば、 三枚が必要になってくるのです。そしてこの時、そうした彼の気持ちを後押しする言葉がその手を動かします。
「おい!阿兄(あにい)!早く廻してくんな!」
それは浅太郎の、目下を叱るような口調でした。そしてこの言葉が彼の競争心に火をつけ、その命運を分けたのです。
この作品では、〈自身の意地から、組織の中での自分の立場というものにこだわり過ぎたが故に、かえって恥をかいていったある子分〉が描かれています。
物語の行方を追う前に、九郎助が何に対して悩んでいたのか、もう一度これまでの話を整理してみましょう。彼も他の子分同様、忠次には並々ならぬ忠誠を感じていた事は間違いのない事実です。そしてその上、彼が一家の古株で、忠次と共に組織を引っ張ってきた時代もあった事、年輩で本来であれば重要な位置にいなければならないものの、過去の失態から失墜している事を考えれば、その悩みというものがどのようなものか見えてきます。
つまり入れ札を提案され、参加している時の九郎助は、組織の中での自分というものを、この時強く意識しているのです。そしてこれは、彼がそれまでの組織での月日を思い返す一方で、子分達の態度がその年数分の扱いを許してはいないという現状への不満からきているのです。
そしてそれを象徴するような出来事が、あらすじの最後の部分にあたります。恐らく九郎助は、自分より若い浅太郎に催促された事で、それまで心中に抱いていた不満を爆発させ、自分自身の名前を書いてしまったのでしょう。
ところがこの直後、彼の心を揺さぶる一言が、なんと九郎助当人の心の内から湧き上がってきたのです。「博打は打っても、卑怯なことはするな。男らしくねえことはするな」これは彼の心の中の忠次の像が彼に怒鳴っている台詞と言えます。そしてこれは彼の忠誠心が起因してると考えても良いでしょう。そして、それまで自分から組織を見つめていた九郎助は、今度は組織の中から自分を見つめていくようになっていくのです。つまり、組織人として今取るべき行動があったにも拘わらず、自分の欲求を満たす為に組織を利用しようとした、という後悔の念に駆られていきます。そして、入れ札の結果もその追い風となっていきました。というのも、結果してやはり誰もが浅太郎、喜蔵、嘉助に入れており、同時にそれは九郎助以外の誰しもが、自分の、忠次に付き添いたいという気持ちを棚上げして、組織の構成員としての役割を果たした事を意味するのです。
こうして彼は自分の意地というものを組織の中から見つめてしまったが為に、かえってその意地の悪さを自覚せねばならなくなっていったのでした。
ですが、そもそも籠城する以前は五十人いた子分達も、今ではその一握りの十一人で、彼等の忠次への忠誠は尋常なものではりません。そして、これまで苦楽を共にした子分達の中から誰からを選ぶことは、そこに優劣をつけることにもなります。子分を想う忠次の心は、その三人の名を口から告げる事を許してはくれません。そこで子分達との思案の結果、入れ札によって、忠次の付き人「三人」を決めようということになりました。
ですが、入れ札によって決める事が厄介だと感じている者もいました。少なくとも、「九郎助」はそう考えていました。彼は忠次一家の一番の古株で通常であれば、彼こそが第一の兄分でなければなりません。しかし現実の彼は近年の自身の失態から、その十数年培ってきた声望がめっきり落ちてしまっていたのです。また九郎助の側でも忠次とまったく同じ、三人の名前が頭に浮かびました。一方自分の側で辛うじて入れてくれそうな人物と言えば、彼と同期で後輩連中の台頭を快く思っていない「弥助」以外は思いもつきません。
そんな事を考えていると、遂に弥助から筆を渡され、九郎助の番が回ってきました。この時弥助は意味ありげな、好意の眼差しが送られました。すると九郎助は、どうしてもあと一枚が欲しくなります。自分の票以外を除き、例の三人の票が割れると考えれば、 三枚が必要になってくるのです。そしてこの時、そうした彼の気持ちを後押しする言葉がその手を動かします。
「おい!阿兄(あにい)!早く廻してくんな!」
それは浅太郎の、目下を叱るような口調でした。そしてこの言葉が彼の競争心に火をつけ、その命運を分けたのです。
この作品では、〈自身の意地から、組織の中での自分の立場というものにこだわり過ぎたが故に、かえって恥をかいていったある子分〉が描かれています。
物語の行方を追う前に、九郎助が何に対して悩んでいたのか、もう一度これまでの話を整理してみましょう。彼も他の子分同様、忠次には並々ならぬ忠誠を感じていた事は間違いのない事実です。そしてその上、彼が一家の古株で、忠次と共に組織を引っ張ってきた時代もあった事、年輩で本来であれば重要な位置にいなければならないものの、過去の失態から失墜している事を考えれば、その悩みというものがどのようなものか見えてきます。
つまり入れ札を提案され、参加している時の九郎助は、組織の中での自分というものを、この時強く意識しているのです。そしてこれは、彼がそれまでの組織での月日を思い返す一方で、子分達の態度がその年数分の扱いを許してはいないという現状への不満からきているのです。
そしてそれを象徴するような出来事が、あらすじの最後の部分にあたります。恐らく九郎助は、自分より若い浅太郎に催促された事で、それまで心中に抱いていた不満を爆発させ、自分自身の名前を書いてしまったのでしょう。
ところがこの直後、彼の心を揺さぶる一言が、なんと九郎助当人の心の内から湧き上がってきたのです。「博打は打っても、卑怯なことはするな。男らしくねえことはするな」これは彼の心の中の忠次の像が彼に怒鳴っている台詞と言えます。そしてこれは彼の忠誠心が起因してると考えても良いでしょう。そして、それまで自分から組織を見つめていた九郎助は、今度は組織の中から自分を見つめていくようになっていくのです。つまり、組織人として今取るべき行動があったにも拘わらず、自分の欲求を満たす為に組織を利用しようとした、という後悔の念に駆られていきます。そして、入れ札の結果もその追い風となっていきました。というのも、結果してやはり誰もが浅太郎、喜蔵、嘉助に入れており、同時にそれは九郎助以外の誰しもが、自分の、忠次に付き添いたいという気持ちを棚上げして、組織の構成員としての役割を果たした事を意味するのです。
こうして彼は自分の意地というものを組織の中から見つめてしまったが為に、かえってその意地の悪さを自覚せねばならなくなっていったのでした。
2017年1月27日金曜日
風ばかー豊島与志雄(修正版1)
子供達は学校の先生から、人間はよく見ると左右で異なる形をしており、歩くときも目隠しをしていれば、大抵どちらかにずれてしまうという話を聞きます。しかし、その話をにわかには信じられない彼等は、野原へと向かい、その検証をはじめました。ですが、矢張りどちらかに偏り、まっすぐ歩けません。そんな中「マサちゃん」という男の子だけは、自分の歩く癖を把握し、歩く事ができたのです。そこで子供達はマサちゃんに教わりながら、偏らずに歩く練習をはじめました。
やがて日も暮れて練習もそろそろ終わろうかという時に、マサちゃんはみんなに対してお手本を見せようとします。ところが先程とは違い、うまく歩く事ができません。彼曰く、風が邪魔をしているというのです。そしてマサちゃんの耳元では、風が「ばかー、ばかー……」と声を立てているような錯覚を感じはじめます。これには流石のマサちゃんも憤慨し、「ばかー」と怒鳴り返すのでした。
家に帰ると、マサちゃんはお父さんに今日あった出来事を話しました。するとお父さんは、
「それは、お前の方がばかだよ。風にさからってもつまらない。風というものは、強くなったり弱くなったり、息をついて吹くから、その中をまっすぐに歩くのはむずかしいよ。」
と言って笑いました。対するマサちゃんはこう返しました。
「風って息をするんですか」
「うむ、息をするよ。息をするというより、風は息なんだよ」
「なんの息?」
「なんの息って……。どういったらいいかなあ、空気の息、神様の息、いろんなものの息……ただ息だよ」
「ただ、息だけ?」
「息だけだよ」
「ばかな奴だな」
このマサちゃんの発言を受けてお父さんは笑い出します。そしてマサちゃん自身も、自分のこの結論に納得するかのように笑ったのでした。
この作品では、〈風という実体のない存在を、素直な子供心によって理解しようとするが故に、現実のものと遊離したもとして扱わなければならなくなっていった、失敗〉が描かれています。
この物語の最後にある、お父さんとマサちゃんの笑い方には、表現は同じでも、そこに含まれている内容については大きな違いがあります。それでは、それがどのようなものなのか、二人の会話を振り返る中で見ていきましょう。
マサちゃんの話を聞いたお父さんは、風というものは息と同じく自然にあるものだから、そうした自然に逆らうことの愚かしさをマサちゃんに伝えようとします。しかし、マサちゃんは風の正体が何であるのかが気になったらしく、会話は下記のように続きます。
「風って息をするんですか」
「うむ、息をするよ。息をするというより、風は息なんだよ」
「なんの息?」
しかしこうしたマサちゃんの発言に対して、お父さんは言葉に窮してしまいます。何故ならば、この時点でマサちゃんは風というものが実体を持った存在であり、必ず何処かに潜んでいると考えているからに他なりません。対するお父さんは、風には実体がなく、自然が起こす何らかの現象が風である事は理解しています。ところがそうした常識的な観点はあるものの、それを説明するまでの知識を持ち合わせてはいません。そこでこの矛盾を解消すべく、「なんの息って……。どういったらいいかなあ、空気の息、神様の息、いろんなものの息……ただ息だよ」と、息というものとそれを発生させている実体とを切り離して、お父さんはマサちゃんに説明しようとします。
しかし、次のやりとりに注目してください。
「ただ、息だけ?」
「息だけだよ」
「ばかな奴だな」
どうやら風というものが、実体がないところまでは理解できたようですが、マサちゃんのこの理解の仕方では、「だけ」という言葉に気をとられ過ぎてしまうあまりに、息を吹かしている実体が完全に消失してしまい、息が現実のものとは独立した形で現れているのです。
このマサちゃんの失敗をもう少し分かりやすくする為に、例を取り上げて見ていきましょう。例えば、癌という病気がありますが、これは常識的な見方をすれば、神様が人々の身体に癌なる異常な物質を私達に与えたものなどではく、日常生活での不衛生、或いは不規則な生活が、身体の細胞を癌化させているという事になります。また、数百年前までは、病気というものは悪魔の仕業や祟り等のせいにされてきましたが、現在の常識では、生活の問題として取り扱うようになりました。
このように、一般的に病気と呼ばれているものは、非現実的なところからいきなり出現したものではなく、現実の在り方からあらわれた現象として扱うべきであり、物語のマサちゃんにしても、このような観点がないからこそ、風が、或いは息がパッと出てきたかのような理解にしか至らなかったのです。
ですから、この二人の笑いの違いというものは、マサちゃんのそれは、自分たちとは違い、自由が利かない風をあざ笑っています。対するお父さんは、こうしたマサちゃんの子供心ながらにも風を理解しようとして失敗している、そのあどけなさを笑っているのです。
やがて日も暮れて練習もそろそろ終わろうかという時に、マサちゃんはみんなに対してお手本を見せようとします。ところが先程とは違い、うまく歩く事ができません。彼曰く、風が邪魔をしているというのです。そしてマサちゃんの耳元では、風が「ばかー、ばかー……」と声を立てているような錯覚を感じはじめます。これには流石のマサちゃんも憤慨し、「ばかー」と怒鳴り返すのでした。
家に帰ると、マサちゃんはお父さんに今日あった出来事を話しました。するとお父さんは、
「それは、お前の方がばかだよ。風にさからってもつまらない。風というものは、強くなったり弱くなったり、息をついて吹くから、その中をまっすぐに歩くのはむずかしいよ。」
と言って笑いました。対するマサちゃんはこう返しました。
「風って息をするんですか」
「うむ、息をするよ。息をするというより、風は息なんだよ」
「なんの息?」
「なんの息って……。どういったらいいかなあ、空気の息、神様の息、いろんなものの息……ただ息だよ」
「ただ、息だけ?」
「息だけだよ」
「ばかな奴だな」
このマサちゃんの発言を受けてお父さんは笑い出します。そしてマサちゃん自身も、自分のこの結論に納得するかのように笑ったのでした。
この作品では、〈風という実体のない存在を、素直な子供心によって理解しようとするが故に、現実のものと遊離したもとして扱わなければならなくなっていった、失敗〉が描かれています。
この物語の最後にある、お父さんとマサちゃんの笑い方には、表現は同じでも、そこに含まれている内容については大きな違いがあります。それでは、それがどのようなものなのか、二人の会話を振り返る中で見ていきましょう。
マサちゃんの話を聞いたお父さんは、風というものは息と同じく自然にあるものだから、そうした自然に逆らうことの愚かしさをマサちゃんに伝えようとします。しかし、マサちゃんは風の正体が何であるのかが気になったらしく、会話は下記のように続きます。
「風って息をするんですか」
「うむ、息をするよ。息をするというより、風は息なんだよ」
「なんの息?」
しかしこうしたマサちゃんの発言に対して、お父さんは言葉に窮してしまいます。何故ならば、この時点でマサちゃんは風というものが実体を持った存在であり、必ず何処かに潜んでいると考えているからに他なりません。対するお父さんは、風には実体がなく、自然が起こす何らかの現象が風である事は理解しています。ところがそうした常識的な観点はあるものの、それを説明するまでの知識を持ち合わせてはいません。そこでこの矛盾を解消すべく、「なんの息って……。どういったらいいかなあ、空気の息、神様の息、いろんなものの息……ただ息だよ」と、息というものとそれを発生させている実体とを切り離して、お父さんはマサちゃんに説明しようとします。
しかし、次のやりとりに注目してください。
「ただ、息だけ?」
「息だけだよ」
「ばかな奴だな」
どうやら風というものが、実体がないところまでは理解できたようですが、マサちゃんのこの理解の仕方では、「だけ」という言葉に気をとられ過ぎてしまうあまりに、息を吹かしている実体が完全に消失してしまい、息が現実のものとは独立した形で現れているのです。
このマサちゃんの失敗をもう少し分かりやすくする為に、例を取り上げて見ていきましょう。例えば、癌という病気がありますが、これは常識的な見方をすれば、神様が人々の身体に癌なる異常な物質を私達に与えたものなどではく、日常生活での不衛生、或いは不規則な生活が、身体の細胞を癌化させているという事になります。また、数百年前までは、病気というものは悪魔の仕業や祟り等のせいにされてきましたが、現在の常識では、生活の問題として取り扱うようになりました。
このように、一般的に病気と呼ばれているものは、非現実的なところからいきなり出現したものではなく、現実の在り方からあらわれた現象として扱うべきであり、物語のマサちゃんにしても、このような観点がないからこそ、風が、或いは息がパッと出てきたかのような理解にしか至らなかったのです。
ですから、この二人の笑いの違いというものは、マサちゃんのそれは、自分たちとは違い、自由が利かない風をあざ笑っています。対するお父さんは、こうしたマサちゃんの子供心ながらにも風を理解しようとして失敗している、そのあどけなさを笑っているのです。
2016年2月9日火曜日
聖女人像ー豊島与志雄(修正版1)
自身のアタマの中に引き篭りがちである「私」は、しばしば、昼となく夜となく下記のような夢を見ています。
――海岸の深い淵のなか、水面から僅かにのぞき出てる、苔むした滑らかな巌の上に、誰かがじっとしがみついている。――幾抱えもある巨木の根本に、何を 為すでもなく、何を見るでもなく、永遠の彫刻のように、誰かが静かに佇んでいる――。荒野の中を、誰かが歩いている。片方は底知れぬ深い断崖である。もし 覗きこめば、視線と共に体まで底へ引きずりこまされそうだ。危い。ただ歩いている。――誰かが呪文のようなことを唱える……大凶と大吉との交叉する一刻 だ。悪魔になりたいか、神になりたいか。息をひそめよ、息をひそめよ。
一方現実では、具体的な症状がないにも拘らず、自分自身を「病気」だと診断しています。そして職場の同僚であり肉体関係を持っていると思われる「久子」や「ばあや」が、献身的に彼を看病しているにも拘らず、自堕落な日々を過ごしているのです。
そんな彼にも身の周りの女性、特に「久子」に関しては、多少の不満があるようでした。キスをする時には眼鏡を外さない無頓着さ、結婚を要求して上記のような彼の孤独の空想を邪魔しようとするところ等が、彼には不愉快なのです。ですが無論、「久子」のすべてが嫌いかと言えばそうではありません。彼女が和服が似合うところや他者を想い合えるところについては、一定の評価を下しています。が、彼にはそうした長所と短所を兼ね備えた「久子」を同一の人物として見ることが出来なのだと云います。
そんな中、彼のアタマの中にふと、「然し、これがもし「清子」だったならば、そのようなものは全然不要だったろう。」という思いが浮上してきはじめました。「清子」とは「淵の中の巌が見え、古い大木が見え、崖ふちの道が見え」るところから登場した、和服姿の女性です。そして彼女はしばしば、「私」の夢と現実の間からひょっこりと顔を出して、「久子」には甘えられないが、もし「清子」ならば甘えただろう。一般的な女性は結婚で男の自立性を失わせるが、「清子」ならばそのような心配はない、といった具合に世の女性の欠点を埋めていきます。
ところがそんな彼女が突如として消えなければいけない事件が起こりました。きっかけは、「私」が「ばあや」に赤い色気のある箱枕を買ってくれたところからはじまります。彼はその箱枕に寝転びながら外にある百日紅を眺めていると、「清子」を想い起こし、箱枕に寝かせてみたならば、という妄想に耽っていきました。
そこに彼の友人たる「尾形」と「久子」が見舞いにやってきました。そこで「久子」は例の箱枕を発見し、「私」に他の女性の影があるのではと邪推し、彼の傍に投げ出したのです。「清子」を汚されたと感じた彼は憤慨し、
「もう帰ってくれ。君たち帰ってくれ。僕は一人でいたいんだ。この大事な箱枕をして、彼女のことを考えていたいんだ。一人きりでいたいんだ。何をぐずぐずしてるんだ。帰れよ。僕はもう一切口を利かないぞ。黙って一人でいたいんだ。」
と言って二人を追い出しました。ところが肝心の彼女は、彼らが去ると共に、アタマの中から消えてしまったのです。一体何故彼女は消えてしまったのでしょうか。
この作品では、〈自身のアタマの中に引き篭もりがちな男が、現実の女性と関わっていく中で聖女をつくりあげる事で、より引きこもらなければならなくなっていった様子〉が描かれています。
上記の問題を解き明かす為に、もう一度、「清子」が「私」にとってどのような存在であり、またどのようにつくりあげられていったのかを見ていきましょう。
もともと現実よりもアタマの中で暮らしていく事が好きな「私」は、一定の長い期間、「久子」を観察する中で、自分の中に「好きな久子」と「不満のある久子」が存在している事を自覚していきます。そうして自覚していくうちに彼にとってそれらは、同一の人物として見ることが出来なくなっていきます。彼はこのようにして、現実に存在する「久子」を好きな部分とそうでない部分に切り分けて考えていきました。そして恐らく、「久子」ばかりではなく、彼は身の回りのあらゆる女性をこうして二つに分けて、アタマの中に完璧な女性、つまり「聖女」の像をつくり上げていったのです。
余談ですがこのように述べると、「私」という人物は、現代で言うところの所謂「オタク」に似た存在だと読者は思われる事でしょう。確かに自分のアタマの中で理想の女性像を育むといった点に置いた点では共通しています。しかし、オタクの場合は現実の女性ではなく、あくまでもアニメーションや漫画のそれといった、誰かがつくった創作物を参考にしています。ですから、その分現実の女性とはかけ離れた「聖女」をつくりあげてしまうのです。一方の「私」はあくまで現実の女性を参考にしているので、精度としてはこちらの方が、より現実に近い女性なのだと言うことが出来るでしょう。
そして、彼女は、どんどんと彼の中にある、主に現実の女性への不満を栄養として育っていきます。そして遂には、箱枕という道具を用いる事で、「私」のアタマから離れて、彼と共に寝転がるまでの存在になっていきました。
ところが彼女の誕生と発展の中にこそ、彼女の死が存在しています。それは「久子」が箱枕を投げる場面を整理すれば理解できるはずです。
箱枕を鍋られた「私」は、友人である「尾形」と「清子」の主なモデルであった「久子」を怒鳴って追い出します。すると、モデルを失った、不完全な「清子」はどうなるのでしょうか。
ここで話をすすめる前に私が何故彼女を不完全と彼女を評したのかについて、説明を加えておきたいと思います。それは「清子」が彼のアタマの中でまだまだ曖昧な存在であったからに他なりません。
例えば私たちは、自分の尊敬する指導者や俳優を思い描く時とはどのような時でしょうか。きっと直接指導されている内容を一人で実践している時や、スクリーンと似たようなシチュエーションを直接見た時、若しくはアタマの中で設定した時など、かなり限定的な空間において思い浮かべる事でしょう。しかし、一歩私生活や恋人や家族と過ごしている彼ら、或いは未来の彼らを思い浮かべてみろと言われたのならばどうでしょうか。このように他人の像というものは、一般的には一定の範囲名では鮮やかに描くことが出来ますが、その像が弱い時に違ったシチュエーションで彼らを想起しようとしてもなかなか出来なのです。
ですから、そうしたモデルという手がかりを失った「清子」という存在は、それなしには生きられず、彼のアタマの中から消えなければならなかったのです。しかし完全に消えたのかと言えばそうではありません。下記は、「尾形」や「久子」が去った後の場面を描いています。
――私は眼を開く。そこには誰もいない。尾形も久子も帰っていったらしい。婆やもいない。ただ私一人だ。もう清子もいない。清子は果して実在の人間だろうか。そうだ、私にとっては架空のものではない。――
つまり「私」はアタマの中の「清子」という存在を現実の女性と同列に並べることによって、更にその像を膨らませようとしているのです。尚、この一文というものは、読者たる私たちに、同時に今後の彼の未来が不吉なものだと暗示させていることも見逃してはならないものであると言って良いでしょう。
――海岸の深い淵のなか、水面から僅かにのぞき出てる、苔むした滑らかな巌の上に、誰かがじっとしがみついている。――幾抱えもある巨木の根本に、何を 為すでもなく、何を見るでもなく、永遠の彫刻のように、誰かが静かに佇んでいる――。荒野の中を、誰かが歩いている。片方は底知れぬ深い断崖である。もし 覗きこめば、視線と共に体まで底へ引きずりこまされそうだ。危い。ただ歩いている。――誰かが呪文のようなことを唱える……大凶と大吉との交叉する一刻 だ。悪魔になりたいか、神になりたいか。息をひそめよ、息をひそめよ。
一方現実では、具体的な症状がないにも拘らず、自分自身を「病気」だと診断しています。そして職場の同僚であり肉体関係を持っていると思われる「久子」や「ばあや」が、献身的に彼を看病しているにも拘らず、自堕落な日々を過ごしているのです。
そんな彼にも身の周りの女性、特に「久子」に関しては、多少の不満があるようでした。キスをする時には眼鏡を外さない無頓着さ、結婚を要求して上記のような彼の孤独の空想を邪魔しようとするところ等が、彼には不愉快なのです。ですが無論、「久子」のすべてが嫌いかと言えばそうではありません。彼女が和服が似合うところや他者を想い合えるところについては、一定の評価を下しています。が、彼にはそうした長所と短所を兼ね備えた「久子」を同一の人物として見ることが出来なのだと云います。
そんな中、彼のアタマの中にふと、「然し、これがもし「清子」だったならば、そのようなものは全然不要だったろう。」という思いが浮上してきはじめました。「清子」とは「淵の中の巌が見え、古い大木が見え、崖ふちの道が見え」るところから登場した、和服姿の女性です。そして彼女はしばしば、「私」の夢と現実の間からひょっこりと顔を出して、「久子」には甘えられないが、もし「清子」ならば甘えただろう。一般的な女性は結婚で男の自立性を失わせるが、「清子」ならばそのような心配はない、といった具合に世の女性の欠点を埋めていきます。
ところがそんな彼女が突如として消えなければいけない事件が起こりました。きっかけは、「私」が「ばあや」に赤い色気のある箱枕を買ってくれたところからはじまります。彼はその箱枕に寝転びながら外にある百日紅を眺めていると、「清子」を想い起こし、箱枕に寝かせてみたならば、という妄想に耽っていきました。
そこに彼の友人たる「尾形」と「久子」が見舞いにやってきました。そこで「久子」は例の箱枕を発見し、「私」に他の女性の影があるのではと邪推し、彼の傍に投げ出したのです。「清子」を汚されたと感じた彼は憤慨し、
「もう帰ってくれ。君たち帰ってくれ。僕は一人でいたいんだ。この大事な箱枕をして、彼女のことを考えていたいんだ。一人きりでいたいんだ。何をぐずぐずしてるんだ。帰れよ。僕はもう一切口を利かないぞ。黙って一人でいたいんだ。」
と言って二人を追い出しました。ところが肝心の彼女は、彼らが去ると共に、アタマの中から消えてしまったのです。一体何故彼女は消えてしまったのでしょうか。
この作品では、〈自身のアタマの中に引き篭もりがちな男が、現実の女性と関わっていく中で聖女をつくりあげる事で、より引きこもらなければならなくなっていった様子〉が描かれています。
上記の問題を解き明かす為に、もう一度、「清子」が「私」にとってどのような存在であり、またどのようにつくりあげられていったのかを見ていきましょう。
もともと現実よりもアタマの中で暮らしていく事が好きな「私」は、一定の長い期間、「久子」を観察する中で、自分の中に「好きな久子」と「不満のある久子」が存在している事を自覚していきます。そうして自覚していくうちに彼にとってそれらは、同一の人物として見ることが出来なくなっていきます。彼はこのようにして、現実に存在する「久子」を好きな部分とそうでない部分に切り分けて考えていきました。そして恐らく、「久子」ばかりではなく、彼は身の回りのあらゆる女性をこうして二つに分けて、アタマの中に完璧な女性、つまり「聖女」の像をつくり上げていったのです。
余談ですがこのように述べると、「私」という人物は、現代で言うところの所謂「オタク」に似た存在だと読者は思われる事でしょう。確かに自分のアタマの中で理想の女性像を育むといった点に置いた点では共通しています。しかし、オタクの場合は現実の女性ではなく、あくまでもアニメーションや漫画のそれといった、誰かがつくった創作物を参考にしています。ですから、その分現実の女性とはかけ離れた「聖女」をつくりあげてしまうのです。一方の「私」はあくまで現実の女性を参考にしているので、精度としてはこちらの方が、より現実に近い女性なのだと言うことが出来るでしょう。
そして、彼女は、どんどんと彼の中にある、主に現実の女性への不満を栄養として育っていきます。そして遂には、箱枕という道具を用いる事で、「私」のアタマから離れて、彼と共に寝転がるまでの存在になっていきました。
ところが彼女の誕生と発展の中にこそ、彼女の死が存在しています。それは「久子」が箱枕を投げる場面を整理すれば理解できるはずです。
箱枕を鍋られた「私」は、友人である「尾形」と「清子」の主なモデルであった「久子」を怒鳴って追い出します。すると、モデルを失った、不完全な「清子」はどうなるのでしょうか。
ここで話をすすめる前に私が何故彼女を不完全と彼女を評したのかについて、説明を加えておきたいと思います。それは「清子」が彼のアタマの中でまだまだ曖昧な存在であったからに他なりません。
例えば私たちは、自分の尊敬する指導者や俳優を思い描く時とはどのような時でしょうか。きっと直接指導されている内容を一人で実践している時や、スクリーンと似たようなシチュエーションを直接見た時、若しくはアタマの中で設定した時など、かなり限定的な空間において思い浮かべる事でしょう。しかし、一歩私生活や恋人や家族と過ごしている彼ら、或いは未来の彼らを思い浮かべてみろと言われたのならばどうでしょうか。このように他人の像というものは、一般的には一定の範囲名では鮮やかに描くことが出来ますが、その像が弱い時に違ったシチュエーションで彼らを想起しようとしてもなかなか出来なのです。
ですから、そうしたモデルという手がかりを失った「清子」という存在は、それなしには生きられず、彼のアタマの中から消えなければならなかったのです。しかし完全に消えたのかと言えばそうではありません。下記は、「尾形」や「久子」が去った後の場面を描いています。
――私は眼を開く。そこには誰もいない。尾形も久子も帰っていったらしい。婆やもいない。ただ私一人だ。もう清子もいない。清子は果して実在の人間だろうか。そうだ、私にとっては架空のものではない。――
つまり「私」はアタマの中の「清子」という存在を現実の女性と同列に並べることによって、更にその像を膨らませようとしているのです。尚、この一文というものは、読者たる私たちに、同時に今後の彼の未来が不吉なものだと暗示させていることも見逃してはならないものであると言って良いでしょう。
2016年2月5日金曜日
風ばかー豊島与志雄
ある時、学校で先生が言った、「人間は正しく左右対称ではないために、目を瞑った儘、真っ直ぐ歩くことはできない」という発言を受けて、子どもたちは放課後本当に真っすぐ歩けないのか野原で実証してみることにしました。
しかしそうした実験は、やがて子供達の競争心に火をつけて、誰が最も目を瞑った儘真っ直ぐ歩けるかというゲームに変わっていきます。そしてその中で唯一、まっすぐ歩くことができた「マサちゃん」は、他の子供達の賞賛を受けて、自ら指導する立場をとっていったのです。
やがて夕方になって練習も終わろうとしていた時、「マサちゃん」はもう一度皆の前で見本を見せようとしました。ところが、まさちゃんが真っ直ぐ歩いていた時とは違い、野原には風が吹いています。風は「マサちゃん」を妨害するように吹きますが、それでも彼はめげません。するとそのうち、「マサちゃん」の耳元で「ばかー、ばかー」と言ってくる「もの」があります。それは風だったのですが、なんとこの空耳を受けて、「マサちゃん」は風に本当に馬鹿にされたのだと勘違いして、風に向って怒鳴り出したのです。
そして家に帰って彼は、両親に今日あった出来事を話しました。すると「お父さん」は、
「それは、お前の方がばかだよ。風にさからってもつまらない。風というものは、強くなったり弱くなったり、息をついて吹くから、その中をまっすぐに歩くのはむずかしいよ。木の葉だって、まっすぐに落ちたり、ななめに吹きとばされたりしてるじゃないか」
と指摘しました。「マサちゃん」は聞き返します。
「風って、息をするんですか」
「うむ、息をするよ。息をするというより、風は息なんだよ」
「なんの息?」
「なんの息って……。どういったらいいかなあ、空気の息、神様の息、いろんなものの息……ただ息だよ」
「ただ、息だけ?」
「息だけだよ」
「ばかな奴だな」
そうした「まさちゃん」の発言を聞いて「お父さん」は声高く笑いました。そしてそれに続く形で、「マサちゃん」もお母さんも笑い出します。そしてガラス戸の外で風が吹いている事を確認すると、「マサちゃん」は、「ばかな風だな」と言って晴れ晴れと笑ったのでした。
この作品では、〈風というものを常識の観点から眺めている大人の観点と、自分たちと同じ、生き物のように捉えている少年のイキイキとした感性との対比〉が描かれています。
物語の最後で、「お父さん」は「マサちゃん」の、「ばかな奴だな」というコメントを聞いて笑い、「マサちゃん」もそれに続く形で笑ってはいるのですが、果たして二人の笑い方は同じところを笑っているのでしょうか。
この問題を解くにあたり、もう一度物語を「マサちゃん」の世界観での「風」というものと、「お父さん」の世界観での「風」というものを比較してみましょう。
まず、「マサちゃん」は、自身の遊びの妨げとなっている風に対して、「ばかー、ばかー」という「音」を聞いて、憤慨します。この時、「マサちゃん」は風をあたかも自分たちと同じような「意思」を持ち、自由に動けるものとして扱っているのです。
一方、「お父さん」はこの「マサちゃん」の話を聞いて、「風というものは、強くなったり弱くなったり、息をついて吹くから、その中をまっすぐに歩くのはむずかしいよ。木の葉だって、まっすぐに落ちたり、ななめに吹きとばされたりしてるじゃないか」とコメントしています。つまり「お父さん」は、大人の常識的な観点から、風が意思を持たない事を説明しようと試みているのです。
そして「マサちゃん」が、今度は風って、息をするんですか」と言って、風の正体について興味を持ちはじめます。「お父さん」はこれについて、「うむ、息をするよ。息をするというより、風は息なんだよ」と、風が自分たち人間とは違い無機質なものであることをやんわりと伝えようとしました。
それを受けて「なんの息?」と、今度は風の裏側にある意思を探そうとしています。
そして「お父さん」も、「マサちゃん」がまだありもしない実体を風の中から探そうとしている事を感じ取り、すぐに修正しようとしているのです。
「なんの息って……。どういったらいいかなあ、空気の息、神様の息、いろんなものの息……ただ息だよ」
しかしこれま「マサちゃん」にとっては衝撃でした。何故ならば、それまでの「マサちゃん」の世界観では、万物は皆意思のようなものを持っており、自分たちと同じように自由に動きまわっていると考えているのですから。だからこそ、自分たちとは違う存在がいることを確認するために、
「ただ、息だけ?」と聞き返しているのです。そして「ばかな奴だな」と笑うのでした。
ここで注意しなければならないのは、「マサちゃん」は何も風を無機物だ、とは考えていないということです。「マサちゃん」は、自らの意思とは関係なく運動している存在は認めてはいるものの、「モノ」にはすべて意思があるという世界観を捨て切れず、風のことを「奴」と表現しているのです。ですから、ここでの彼の笑いというものは、「自らの意思で動けず、僕達とは違って不自由に動いているなんて、風はばかだなぁ」と笑っているに過ぎません。
それに対してお父さんは、常識的な立場から「マサちゃん」を見て、「大人は風に心がない事をしっているから何も思わないが、子供が風に対して悪態をつくなんて、面白いものだなぁ」と、冷静に分析した上で笑っています。
一つの表現は同じでも、どうやらその文脈は全く違うものだったのです。
しかしそうした実験は、やがて子供達の競争心に火をつけて、誰が最も目を瞑った儘真っ直ぐ歩けるかというゲームに変わっていきます。そしてその中で唯一、まっすぐ歩くことができた「マサちゃん」は、他の子供達の賞賛を受けて、自ら指導する立場をとっていったのです。
やがて夕方になって練習も終わろうとしていた時、「マサちゃん」はもう一度皆の前で見本を見せようとしました。ところが、まさちゃんが真っ直ぐ歩いていた時とは違い、野原には風が吹いています。風は「マサちゃん」を妨害するように吹きますが、それでも彼はめげません。するとそのうち、「マサちゃん」の耳元で「ばかー、ばかー」と言ってくる「もの」があります。それは風だったのですが、なんとこの空耳を受けて、「マサちゃん」は風に本当に馬鹿にされたのだと勘違いして、風に向って怒鳴り出したのです。
そして家に帰って彼は、両親に今日あった出来事を話しました。すると「お父さん」は、
「それは、お前の方がばかだよ。風にさからってもつまらない。風というものは、強くなったり弱くなったり、息をついて吹くから、その中をまっすぐに歩くのはむずかしいよ。木の葉だって、まっすぐに落ちたり、ななめに吹きとばされたりしてるじゃないか」
と指摘しました。「マサちゃん」は聞き返します。
「風って、息をするんですか」
「うむ、息をするよ。息をするというより、風は息なんだよ」
「なんの息?」
「なんの息って……。どういったらいいかなあ、空気の息、神様の息、いろんなものの息……ただ息だよ」
「ただ、息だけ?」
「息だけだよ」
「ばかな奴だな」
そうした「まさちゃん」の発言を聞いて「お父さん」は声高く笑いました。そしてそれに続く形で、「マサちゃん」もお母さんも笑い出します。そしてガラス戸の外で風が吹いている事を確認すると、「マサちゃん」は、「ばかな風だな」と言って晴れ晴れと笑ったのでした。
この作品では、〈風というものを常識の観点から眺めている大人の観点と、自分たちと同じ、生き物のように捉えている少年のイキイキとした感性との対比〉が描かれています。
物語の最後で、「お父さん」は「マサちゃん」の、「ばかな奴だな」というコメントを聞いて笑い、「マサちゃん」もそれに続く形で笑ってはいるのですが、果たして二人の笑い方は同じところを笑っているのでしょうか。
この問題を解くにあたり、もう一度物語を「マサちゃん」の世界観での「風」というものと、「お父さん」の世界観での「風」というものを比較してみましょう。
まず、「マサちゃん」は、自身の遊びの妨げとなっている風に対して、「ばかー、ばかー」という「音」を聞いて、憤慨します。この時、「マサちゃん」は風をあたかも自分たちと同じような「意思」を持ち、自由に動けるものとして扱っているのです。
一方、「お父さん」はこの「マサちゃん」の話を聞いて、「風というものは、強くなったり弱くなったり、息をついて吹くから、その中をまっすぐに歩くのはむずかしいよ。木の葉だって、まっすぐに落ちたり、ななめに吹きとばされたりしてるじゃないか」とコメントしています。つまり「お父さん」は、大人の常識的な観点から、風が意思を持たない事を説明しようと試みているのです。
そして「マサちゃん」が、今度は風って、息をするんですか」と言って、風の正体について興味を持ちはじめます。「お父さん」はこれについて、「うむ、息をするよ。息をするというより、風は息なんだよ」と、風が自分たち人間とは違い無機質なものであることをやんわりと伝えようとしました。
それを受けて「なんの息?」と、今度は風の裏側にある意思を探そうとしています。
そして「お父さん」も、「マサちゃん」がまだありもしない実体を風の中から探そうとしている事を感じ取り、すぐに修正しようとしているのです。
「なんの息って……。どういったらいいかなあ、空気の息、神様の息、いろんなものの息……ただ息だよ」
しかしこれま「マサちゃん」にとっては衝撃でした。何故ならば、それまでの「マサちゃん」の世界観では、万物は皆意思のようなものを持っており、自分たちと同じように自由に動きまわっていると考えているのですから。だからこそ、自分たちとは違う存在がいることを確認するために、
「ただ、息だけ?」と聞き返しているのです。そして「ばかな奴だな」と笑うのでした。
ここで注意しなければならないのは、「マサちゃん」は何も風を無機物だ、とは考えていないということです。「マサちゃん」は、自らの意思とは関係なく運動している存在は認めてはいるものの、「モノ」にはすべて意思があるという世界観を捨て切れず、風のことを「奴」と表現しているのです。ですから、ここでの彼の笑いというものは、「自らの意思で動けず、僕達とは違って不自由に動いているなんて、風はばかだなぁ」と笑っているに過ぎません。
それに対してお父さんは、常識的な立場から「マサちゃん」を見て、「大人は風に心がない事をしっているから何も思わないが、子供が風に対して悪態をつくなんて、面白いものだなぁ」と、冷静に分析した上で笑っています。
一つの表現は同じでも、どうやらその文脈は全く違うものだったのです。
2016年2月2日火曜日
風ばかー豊島与志雄(あらすじのみ)
一般性、及び論証は後日改めて書いておきます。
ある時、学校で先生が言った、「人間は正しく左右対称ではないために、目を瞑った儘、真っ直ぐ歩くことはできない」という発言を受けて、子どもたちは放課後本当に真っすぐ歩けないのか野原で実証してみることにしました。
しかしそうした実験は、やがて子供達の競争心に火をつけて、誰が最も目を瞑った儘真っ直ぐ歩けるかというゲームに変わっていきます。そしてその中で唯一、まっすぐ歩くことができた「マサちゃん」は、他の子供達の賞賛を受けて、自ら指導する立場をとっていったのです。
やがて夕方になって練習も終わろうとしていた時、「マサちゃん」はもう一度皆の前で見本を見せようとしました。ところが、まさちゃんが真っ直ぐ歩いていた時とは違い、野原には風が吹いています。風は「マサちゃん」を妨害するように吹きますが、それでも彼はめげません。するとそのうち、「マサちゃん」の耳元で「ばかー、ばかー」と言ってくる「もの」があります。それは風だったのですが、なんとこの空耳を受けて、「マサちゃん」は風に本当に馬鹿にされたのだと勘違いして、風に向って怒鳴り出したのです。
そして家に帰って彼は、両親に今日あった出来事を話しました。すると「お父さん」は、
「それは、お前の方がばかだよ。風にさからってもつまらない。風というものは、強くなったり弱くなったり、息をついて吹くから、その中をまっすぐに歩くのはむずかしいよ。木の葉だって、まっすぐに落ちたり、ななめに吹きとばされたりしてるじゃないか」
と指摘しました。「マサちゃん」は聞き返します。
「風って、息をするんですか」
「うむ、息をするよ。息をするというより、風は息なんだよ」
「なんの息?」
「なんの息って……。どういったらいいかなあ、空気の息、神様の息、いろんなものの息……ただ息だよ」
「ただ、息だけ?」
「息だけだよ」
「ばかな奴だな」
そうした「まさちゃん」の発言を聞いて「お父さん」は声高く笑いました。そしてそれに続く形で、「マサちゃん」もお母さんも笑い出します。そしてガラス戸の外で風が吹いている事を確認すると、「マサちゃん」は、「ばかな風だな」と言って晴れ晴れと笑ったのでした。
ある時、学校で先生が言った、「人間は正しく左右対称ではないために、目を瞑った儘、真っ直ぐ歩くことはできない」という発言を受けて、子どもたちは放課後本当に真っすぐ歩けないのか野原で実証してみることにしました。
しかしそうした実験は、やがて子供達の競争心に火をつけて、誰が最も目を瞑った儘真っ直ぐ歩けるかというゲームに変わっていきます。そしてその中で唯一、まっすぐ歩くことができた「マサちゃん」は、他の子供達の賞賛を受けて、自ら指導する立場をとっていったのです。
やがて夕方になって練習も終わろうとしていた時、「マサちゃん」はもう一度皆の前で見本を見せようとしました。ところが、まさちゃんが真っ直ぐ歩いていた時とは違い、野原には風が吹いています。風は「マサちゃん」を妨害するように吹きますが、それでも彼はめげません。するとそのうち、「マサちゃん」の耳元で「ばかー、ばかー」と言ってくる「もの」があります。それは風だったのですが、なんとこの空耳を受けて、「マサちゃん」は風に本当に馬鹿にされたのだと勘違いして、風に向って怒鳴り出したのです。
そして家に帰って彼は、両親に今日あった出来事を話しました。すると「お父さん」は、
「それは、お前の方がばかだよ。風にさからってもつまらない。風というものは、強くなったり弱くなったり、息をついて吹くから、その中をまっすぐに歩くのはむずかしいよ。木の葉だって、まっすぐに落ちたり、ななめに吹きとばされたりしてるじゃないか」
と指摘しました。「マサちゃん」は聞き返します。
「風って、息をするんですか」
「うむ、息をするよ。息をするというより、風は息なんだよ」
「なんの息?」
「なんの息って……。どういったらいいかなあ、空気の息、神様の息、いろんなものの息……ただ息だよ」
「ただ、息だけ?」
「息だけだよ」
「ばかな奴だな」
そうした「まさちゃん」の発言を聞いて「お父さん」は声高く笑いました。そしてそれに続く形で、「マサちゃん」もお母さんも笑い出します。そしてガラス戸の外で風が吹いている事を確認すると、「マサちゃん」は、「ばかな風だな」と言って晴れ晴れと笑ったのでした。
2016年1月30日土曜日
悪友を売った悪友
あれは確か僕が小学校中学年か高学年、の話だったように思う。昼休み、僕たちのクラスの男子の何人かは、学校の三階のトイレに集合した。当時、僕らの学校には暖房やストーブの類の電化製品は置いておらず、冷たい風の中で授業を受けていた。学校全体がそんな風であるから、当然トイレという場所はもっと寒い。しかし僕以外の悪友達は、これから行う悪事に目を輝かせていた。
「で、吸ってみてどんなんやったが?」
ある者が好奇心満たさに聞いてきた。この時、彼らが何を話しているのか、察しの悪い僕は気づきもしなかった。が、何やら悪いことを企んでおり、悪事に巻き込まれようとしてることだけは分かった。そして一人がこう応えた。
「おう、最初はむせたけんど、吸いよったら段々慣れてきたちゃあ。意外とうまいぞ。」
その口調は何処か弾んだところがあり、聞いてもいないことを次から次へと話した。僕は自分の身に何が起こるのか、徐々に明確になってくるに連れて逃げ出したい気持ちになった。
なんでも彼は、父親が出かけている間に両親の部屋に入って、数本の煙草とライターをくすねてきたのだという。そして人気のない、松林のあたりまで移動してこっそりと吸ったそうだ。どうやらその時、彼は少年の時にしか体験し得ない、背伸びをした大人の魅力に取り憑かれたようである。そして今日、彼はその素晴らしい体験を皆で共有しようと、自分の小遣いをはたいて用意したという次第なのだ。
「ちょっと俺も吸いたいちや。吸わいてくれ。」
一人のお調子者が我先にと煙草を強請りはじめた。持ってきた悪友は気前よく箱から一本取り出し、お調子者に渡してやった。そして慣れない手つきで火をつけようとした。ところがライターを着火し、煙草に近づけるまでは良かったのだが、先端が焦げるばかりで中々つかない。
「ちゃうちゃう!近づけて吸ってみい。そしたら着くき。」
彼は煙草の先輩に言われるが儘に火をつけ、その煙を吸った。先端に日が点った。悪友共の目は輝いた。が、その刹那、彼らはどっと笑い出した。火がついたはいいものの、今度は煙に慣れておらず、むせだしたのである。吸った彼は右の指で器用に煙草を挟んで持ちながら、ゲホゲホとむせながら、顔を真赤にしていた。無論こうした場面では僕もしっかり笑った。ところが僕は随分と勝手な正確をしており、あれだけ一緒になって笑っていたにも拘らず、いざ自分の番になると、表情を強張らせて頑なに断った。
「えいちゃえいちゃ。僕はえいちゃ。」
「やれや、みんなやっちゅうきに。」
「そうぞそうぞ、ここまできたら一緒やちゃあ!!」
やや脅迫めいた悪友の勧めも、僕はどうにか凌ごうとした。それ程までに、僕は煙草を吸いたくはなかった。否、性格に言えば、吸ってばれた時に、父に責められたくなかったのである。父は他人には何も言わなかったが、我が子にはめっぽう厳しい人であった。ひとつでも自分の教えに背こうものなら、劣化の如き怒りが僕に向けられる。弟などは畳に思いっきり投げ飛ばされ、僕などは鉄の定規が自分の頬をかすめた事すらある。それまでの事を思うと、もし僕が煙草を吸ったとして、それがバレるとどのような仕打ちが待っているのか分かりかねる。だから僕は友達にどう思われようとも、否、そのような事など考える余地もなく、頑なに吸わないと言い張った。そうして、こうした僕の様子に根負けしたのか、呆れ果てたのか、悪友たちは、その日に関しては諦めたのである。
ところが次の日、僕は再び小学校に「喫煙所」へと呼び出された。そこには新たな悪友が加わっていた。そして煙草もライターも増えていた。昨日持ってきた悪友に触発されて、父親の机から、或いは下校して買ってきた者達がいたのである。そして彼らは、最初の人間がそうしたように、自慢する悪友を誘ってきて、勧めようとしているのだ。こうして彼らは自分たちの中にある、大人になるという優越感を満たそうとしているのである。
一方の僕は、そんな彼らの感情などいざ知らず、親に怒られる事を恐れず、よくもこんなに悪事をする者がいるのだなぁと呑気に感心していた。そして矢張り頑なに断った。
次の日も、そしてその次の日も、悪友たちは少しづつ増えていった。ある者は僕のように怯えながらその様子を伺っている者もいたし、ある者は僕のように臆病でありながらも、恐る恐る吸っている者もいた。そしてこういう光景を日に日に観察していると、僕はある錯覚を覚えていった。これだけの喫煙人口がいるのだから、もしかしたらそこまで悪いことではないのかもしれない。いや、仮に悪いことだとしても、これだけの人数がいてバレていないのだから、きっと少しだけ吸っても大丈夫なのではないか、と。気の弱い少年の心理というものは、善悪の問題を途端に数の問題や安全の問題にすり替えてしまうものなのである。こうして僕は、「悪友」という、巨大で心強い組織を味方につけているという錯覚を抱きながら、煙草に対する警戒心を緩めていったのである。
そして遂に、僕にもその時がやってきた。
「どうな、おまんも一本吸わんかや。」
そう言ったのは、父親の部屋から煙草を拝借していた、あの彼である。僕は取り出された一本の白い筒状の紙をじっと見つめた。正直煙草には興味はなかった。が、友達の言うことを断り続けることに心苦しさがない訳でもない。それに皆んな吸っているし、どうにかなるのではないか。そうしたぼんやりとした、地面から浮遊したような安心感が父親からの呪縛を緩めていった。やがて僕は悪友の手から煙草を受け取り口元に持っていった。そして悪友はその先端に、ライターで火をつけてくれようとしていた。ライターの火は寒いトイレの中を、か細くも温かい光で包んでくれている。そして火はゆっくりと灯された。そして僕は息を吸い込んだ。刹那、僕はむせた。否、フリをしたのだ。何故だか分からないが、煙草に火が点った時、僕は鈍く重たい不安に襲われたのである。だから僕はそれを取り払うために、先人たちがむせていたように真似をしたのだ。
「エホッエホッ、もう、もう、いい。苦しいから。」
幸いにも、悪友たちは僕がむせる姿が痛快だったようで、その一口で許してくれた。僕は助かった思いがした。これでもし誰かに咎められても、吸うフリはしていないから問題ないだろう。そう自分に言い聞かせながら吸ったことに対する罪悪をいうものをもみ消していった。
ところが世の中というものはうまい具合に出来ているようである。僕が煙草を吸って三日も経たないうちの出来事である。昼食を終えてこれから授業がはじまろうという時、教室の扉を開いたのは担任の平井先生ではなく、体育の田中先生だった。田中先生は体育の授業の際、僕達と一緒になって全力でサッカーをしたりドッチをして笑ってくれる良い先生だったのだが、この時は神妙な、不安の色を浮かべながら入ってきた。しかし僕は呑気にも、「何故この時間に先生が?」などとぼんやりと考えるばかりであった。が、クラスの何人かは何か察したらしく、普段ざわついて授業を妨害する連中ほど、その時に限って静かだった事は覚えている。やがて先生は重たい口を開いた。
「えー、本来ならこの時間は算数ながやけど、ちょっと皆んなにどうしても聞きたいことがある。正直に答えてくれ。昼休みの前に、俺が三階のトイレを使おうとしたらこれが落ちちょった。」
そう言って、先生は右手を広げて中をクラス中に見せた。するとその中には、なんと煙草の吸殻があるではないか。僕は背中のあたりから冷たいものが流れるのを感じた。
「おまんら、今から目え瞑れ。嘘はつくなよ。今までに煙草を吸った事がある奴、手を上げてみい。」
僕は素直に目を閉じて、じっと上げるべきかどうするべきかを考えていた。最早、瀬戸際にまで追い込まれた僕は、肺に吸い込んでいないから吸っていないと言ったような方便を吐く気にはとれもなれなかった。ただ怒られる覚悟を決めるのか、黙って逃げおおせるのか、そうした考えばかりが頭の端から端を行ったり来たりしていた。すると突然、先生は大きな、荒々しい声で、
「もっとおるやろう、上げてみい!!」
と怒鳴り出した。普段にこやかな田中先生が一転、このような怒声を上げるのだから余計に僕は手を上げることが怖くなってしまった。恐らく誰もいないところであったのなら、僕は泣いて耐えたかもしれない。が、今は先生が見ている。どうしても泣くことが出来ない僕は、ただ不安と恐怖に耐えながら思案するばかり。やがて先生は「よし、手を下ろせ。」と言って皆んなの手を下ろさせた。僕は遂に上げなかった。だが次に僕が気になったのは、一体何人が手を上げたか、ということであった。手を上げろなどと言っても、全員が全員てを上げるわけがない。僕のような臆病な輩が大抵で、吸う人しか手を上げていないだろうと思っていた。しかし結果は僕の予想を裏切ったのである。
「よし、今手え上げたモン、今から職員室に来い。」
そう言われると何人かの生徒は席を立ち上がり、教室から出ていった。そして僕を驚かせたのはその数である。実に教室の三分の二の男子が吸い込まれるように部屋から出ていったのである。それは吸った悪友の殆どであった。僕は再び、不安を覚えた。が、さっきとは異質な不安である。やがて手をあの場面であげなかったことを後悔しはじめた。僕は俯きながら、ピカピカに磨かれている木製の机をじっと眺めていた。
その後、授業は自習となり、生徒たちは宿題やドリルを行いながら職員室に向かった生徒を待った。やがて悪友たちは少しずつ、次々と帰ってきた。中には泣きべそをかきながら帰ってくる者もいた。少しずつ帰ってくる彼らを横目に、僕はもしかしたら自分の事を言われているのではないか、言われていたら余計に怒られるのではないか。が、言ってもらった方がかえってすっきりするのではないか……。不安は募りに募るばかりである。僕は自習に集中しているフリをしながら、じっと自らの内から出てくる暗い気持ちを押さえ込んでいた。
その日の下校の前、担任の平井先生は一枚の、まっさらなプリント用紙をクラスの全員に配っていった。そして静かに、落ち着いた口調で次のようなことを述べていた。
「何回も悪いがやけど、大事なことやき、付きおうてね。もしも煙草吸った事を言うちゃあせん人がおったら、そこにある紙に名前を書いちょきよ。吸ってない人も、もし友達の中に吸っちゅう人がおったらその紙に書いちょって。これは君らの大事な将来の為でもあるがやきに。裏切ったとかそんなんじゃなくて、その人の為を思うなら、書いちゃってよ。吸っちょった人も、今ならまだ間に合うきに、書いてくれた方が自分の為ながで。」
こうした言葉のひとつひとつに、僕は心を打たれた。もともと神経のか細い僕は、最早煙草を吸ったこと、悪友を裏切って自分だけが助かろうとしていたこと、父親に怒られることを考えること、そのすべてが嫌になっていた。そして何も書かれていない用紙に、自分の名前と「吸いました」と一言添えて提出した。先生は一枚一枚まじまじと見た後、吸った生徒も吸わなかった生徒も平等に帰してくれた。
そして下校になると数人の悪友が僕の席に集まってきた。話題は勿論、僕が吸ったことを告発しなかったことについてである。
「安井、おまん煙草吸ったって言うちゃあせんやろう。職員室で一人一人話しゆう時に、廊下でおまんの話になったきね。安いのお父は怖いきに、みんな安井の事は黙っちょいちゃろうぜって。だから黙っちょけよ。」
これは今に思うと彼らなりの口実なのであろう。当然僕の父の恐ろしさを、皆僕の話から知らない訳ではない。しかし、叱られると言う事自体、万人にとっては少なからずの苦痛は伴うはずである。よって、彼らは僕に気を遣ってそう言ってくれたのである。ところがそんな話をしている最中、悪友のうちの一人がニヤニヤとしながら、なんの悪びれもなく、とんでもない事を言い出した。
「まぁ、俺はさっきおまんの事書いたけんどね。」
一同は彼に注目した。が、誰も彼を責めたり非難したりしない。そしてそんな中、僕はすんなりとその言葉を受け入れ、返事をした。
「うん、僕も書いた。」
書いたのは自分も同じで、まず最初に問われた時、手を上げなかった自分が悪い。そう思った奥は、その時の彼をどうこうしようという気にはなれなかった。寧ろ彼の方が僕の言葉に目を丸くして動揺したようである。
「え、嘘やろ。折角みんながおまんを助けようとしちょったがやにい。」
こう意外そうに言った後、彼は再び念を押すように、「まぁ俺は書いたけんどね」と言った。
その後、家に帰った僕は、事情を知った父にこっぴどく怒られ、母に泣かれ、その日の夕食は食べさせて貰えなかった。が、それよりも僕の胸に残っていったのか、悪友の、「まぁ、俺はさっきおまんの事書いたけんどね。」という一言であった。彼が当時本当に書いたのかどうなのかについては、未だに定かではないし、明らかにする気もない。が、今でも彼と交際があることだけは確かである。
「で、吸ってみてどんなんやったが?」
ある者が好奇心満たさに聞いてきた。この時、彼らが何を話しているのか、察しの悪い僕は気づきもしなかった。が、何やら悪いことを企んでおり、悪事に巻き込まれようとしてることだけは分かった。そして一人がこう応えた。
「おう、最初はむせたけんど、吸いよったら段々慣れてきたちゃあ。意外とうまいぞ。」
その口調は何処か弾んだところがあり、聞いてもいないことを次から次へと話した。僕は自分の身に何が起こるのか、徐々に明確になってくるに連れて逃げ出したい気持ちになった。
なんでも彼は、父親が出かけている間に両親の部屋に入って、数本の煙草とライターをくすねてきたのだという。そして人気のない、松林のあたりまで移動してこっそりと吸ったそうだ。どうやらその時、彼は少年の時にしか体験し得ない、背伸びをした大人の魅力に取り憑かれたようである。そして今日、彼はその素晴らしい体験を皆で共有しようと、自分の小遣いをはたいて用意したという次第なのだ。
「ちょっと俺も吸いたいちや。吸わいてくれ。」
一人のお調子者が我先にと煙草を強請りはじめた。持ってきた悪友は気前よく箱から一本取り出し、お調子者に渡してやった。そして慣れない手つきで火をつけようとした。ところがライターを着火し、煙草に近づけるまでは良かったのだが、先端が焦げるばかりで中々つかない。
「ちゃうちゃう!近づけて吸ってみい。そしたら着くき。」
彼は煙草の先輩に言われるが儘に火をつけ、その煙を吸った。先端に日が点った。悪友共の目は輝いた。が、その刹那、彼らはどっと笑い出した。火がついたはいいものの、今度は煙に慣れておらず、むせだしたのである。吸った彼は右の指で器用に煙草を挟んで持ちながら、ゲホゲホとむせながら、顔を真赤にしていた。無論こうした場面では僕もしっかり笑った。ところが僕は随分と勝手な正確をしており、あれだけ一緒になって笑っていたにも拘らず、いざ自分の番になると、表情を強張らせて頑なに断った。
「えいちゃえいちゃ。僕はえいちゃ。」
「やれや、みんなやっちゅうきに。」
「そうぞそうぞ、ここまできたら一緒やちゃあ!!」
やや脅迫めいた悪友の勧めも、僕はどうにか凌ごうとした。それ程までに、僕は煙草を吸いたくはなかった。否、性格に言えば、吸ってばれた時に、父に責められたくなかったのである。父は他人には何も言わなかったが、我が子にはめっぽう厳しい人であった。ひとつでも自分の教えに背こうものなら、劣化の如き怒りが僕に向けられる。弟などは畳に思いっきり投げ飛ばされ、僕などは鉄の定規が自分の頬をかすめた事すらある。それまでの事を思うと、もし僕が煙草を吸ったとして、それがバレるとどのような仕打ちが待っているのか分かりかねる。だから僕は友達にどう思われようとも、否、そのような事など考える余地もなく、頑なに吸わないと言い張った。そうして、こうした僕の様子に根負けしたのか、呆れ果てたのか、悪友たちは、その日に関しては諦めたのである。
ところが次の日、僕は再び小学校に「喫煙所」へと呼び出された。そこには新たな悪友が加わっていた。そして煙草もライターも増えていた。昨日持ってきた悪友に触発されて、父親の机から、或いは下校して買ってきた者達がいたのである。そして彼らは、最初の人間がそうしたように、自慢する悪友を誘ってきて、勧めようとしているのだ。こうして彼らは自分たちの中にある、大人になるという優越感を満たそうとしているのである。
一方の僕は、そんな彼らの感情などいざ知らず、親に怒られる事を恐れず、よくもこんなに悪事をする者がいるのだなぁと呑気に感心していた。そして矢張り頑なに断った。
次の日も、そしてその次の日も、悪友たちは少しづつ増えていった。ある者は僕のように怯えながらその様子を伺っている者もいたし、ある者は僕のように臆病でありながらも、恐る恐る吸っている者もいた。そしてこういう光景を日に日に観察していると、僕はある錯覚を覚えていった。これだけの喫煙人口がいるのだから、もしかしたらそこまで悪いことではないのかもしれない。いや、仮に悪いことだとしても、これだけの人数がいてバレていないのだから、きっと少しだけ吸っても大丈夫なのではないか、と。気の弱い少年の心理というものは、善悪の問題を途端に数の問題や安全の問題にすり替えてしまうものなのである。こうして僕は、「悪友」という、巨大で心強い組織を味方につけているという錯覚を抱きながら、煙草に対する警戒心を緩めていったのである。
そして遂に、僕にもその時がやってきた。
「どうな、おまんも一本吸わんかや。」
そう言ったのは、父親の部屋から煙草を拝借していた、あの彼である。僕は取り出された一本の白い筒状の紙をじっと見つめた。正直煙草には興味はなかった。が、友達の言うことを断り続けることに心苦しさがない訳でもない。それに皆んな吸っているし、どうにかなるのではないか。そうしたぼんやりとした、地面から浮遊したような安心感が父親からの呪縛を緩めていった。やがて僕は悪友の手から煙草を受け取り口元に持っていった。そして悪友はその先端に、ライターで火をつけてくれようとしていた。ライターの火は寒いトイレの中を、か細くも温かい光で包んでくれている。そして火はゆっくりと灯された。そして僕は息を吸い込んだ。刹那、僕はむせた。否、フリをしたのだ。何故だか分からないが、煙草に火が点った時、僕は鈍く重たい不安に襲われたのである。だから僕はそれを取り払うために、先人たちがむせていたように真似をしたのだ。
「エホッエホッ、もう、もう、いい。苦しいから。」
幸いにも、悪友たちは僕がむせる姿が痛快だったようで、その一口で許してくれた。僕は助かった思いがした。これでもし誰かに咎められても、吸うフリはしていないから問題ないだろう。そう自分に言い聞かせながら吸ったことに対する罪悪をいうものをもみ消していった。
ところが世の中というものはうまい具合に出来ているようである。僕が煙草を吸って三日も経たないうちの出来事である。昼食を終えてこれから授業がはじまろうという時、教室の扉を開いたのは担任の平井先生ではなく、体育の田中先生だった。田中先生は体育の授業の際、僕達と一緒になって全力でサッカーをしたりドッチをして笑ってくれる良い先生だったのだが、この時は神妙な、不安の色を浮かべながら入ってきた。しかし僕は呑気にも、「何故この時間に先生が?」などとぼんやりと考えるばかりであった。が、クラスの何人かは何か察したらしく、普段ざわついて授業を妨害する連中ほど、その時に限って静かだった事は覚えている。やがて先生は重たい口を開いた。
「えー、本来ならこの時間は算数ながやけど、ちょっと皆んなにどうしても聞きたいことがある。正直に答えてくれ。昼休みの前に、俺が三階のトイレを使おうとしたらこれが落ちちょった。」
そう言って、先生は右手を広げて中をクラス中に見せた。するとその中には、なんと煙草の吸殻があるではないか。僕は背中のあたりから冷たいものが流れるのを感じた。
「おまんら、今から目え瞑れ。嘘はつくなよ。今までに煙草を吸った事がある奴、手を上げてみい。」
僕は素直に目を閉じて、じっと上げるべきかどうするべきかを考えていた。最早、瀬戸際にまで追い込まれた僕は、肺に吸い込んでいないから吸っていないと言ったような方便を吐く気にはとれもなれなかった。ただ怒られる覚悟を決めるのか、黙って逃げおおせるのか、そうした考えばかりが頭の端から端を行ったり来たりしていた。すると突然、先生は大きな、荒々しい声で、
「もっとおるやろう、上げてみい!!」
と怒鳴り出した。普段にこやかな田中先生が一転、このような怒声を上げるのだから余計に僕は手を上げることが怖くなってしまった。恐らく誰もいないところであったのなら、僕は泣いて耐えたかもしれない。が、今は先生が見ている。どうしても泣くことが出来ない僕は、ただ不安と恐怖に耐えながら思案するばかり。やがて先生は「よし、手を下ろせ。」と言って皆んなの手を下ろさせた。僕は遂に上げなかった。だが次に僕が気になったのは、一体何人が手を上げたか、ということであった。手を上げろなどと言っても、全員が全員てを上げるわけがない。僕のような臆病な輩が大抵で、吸う人しか手を上げていないだろうと思っていた。しかし結果は僕の予想を裏切ったのである。
「よし、今手え上げたモン、今から職員室に来い。」
そう言われると何人かの生徒は席を立ち上がり、教室から出ていった。そして僕を驚かせたのはその数である。実に教室の三分の二の男子が吸い込まれるように部屋から出ていったのである。それは吸った悪友の殆どであった。僕は再び、不安を覚えた。が、さっきとは異質な不安である。やがて手をあの場面であげなかったことを後悔しはじめた。僕は俯きながら、ピカピカに磨かれている木製の机をじっと眺めていた。
その後、授業は自習となり、生徒たちは宿題やドリルを行いながら職員室に向かった生徒を待った。やがて悪友たちは少しずつ、次々と帰ってきた。中には泣きべそをかきながら帰ってくる者もいた。少しずつ帰ってくる彼らを横目に、僕はもしかしたら自分の事を言われているのではないか、言われていたら余計に怒られるのではないか。が、言ってもらった方がかえってすっきりするのではないか……。不安は募りに募るばかりである。僕は自習に集中しているフリをしながら、じっと自らの内から出てくる暗い気持ちを押さえ込んでいた。
その日の下校の前、担任の平井先生は一枚の、まっさらなプリント用紙をクラスの全員に配っていった。そして静かに、落ち着いた口調で次のようなことを述べていた。
「何回も悪いがやけど、大事なことやき、付きおうてね。もしも煙草吸った事を言うちゃあせん人がおったら、そこにある紙に名前を書いちょきよ。吸ってない人も、もし友達の中に吸っちゅう人がおったらその紙に書いちょって。これは君らの大事な将来の為でもあるがやきに。裏切ったとかそんなんじゃなくて、その人の為を思うなら、書いちゃってよ。吸っちょった人も、今ならまだ間に合うきに、書いてくれた方が自分の為ながで。」
こうした言葉のひとつひとつに、僕は心を打たれた。もともと神経のか細い僕は、最早煙草を吸ったこと、悪友を裏切って自分だけが助かろうとしていたこと、父親に怒られることを考えること、そのすべてが嫌になっていた。そして何も書かれていない用紙に、自分の名前と「吸いました」と一言添えて提出した。先生は一枚一枚まじまじと見た後、吸った生徒も吸わなかった生徒も平等に帰してくれた。
そして下校になると数人の悪友が僕の席に集まってきた。話題は勿論、僕が吸ったことを告発しなかったことについてである。
「安井、おまん煙草吸ったって言うちゃあせんやろう。職員室で一人一人話しゆう時に、廊下でおまんの話になったきね。安いのお父は怖いきに、みんな安井の事は黙っちょいちゃろうぜって。だから黙っちょけよ。」
これは今に思うと彼らなりの口実なのであろう。当然僕の父の恐ろしさを、皆僕の話から知らない訳ではない。しかし、叱られると言う事自体、万人にとっては少なからずの苦痛は伴うはずである。よって、彼らは僕に気を遣ってそう言ってくれたのである。ところがそんな話をしている最中、悪友のうちの一人がニヤニヤとしながら、なんの悪びれもなく、とんでもない事を言い出した。
「まぁ、俺はさっきおまんの事書いたけんどね。」
一同は彼に注目した。が、誰も彼を責めたり非難したりしない。そしてそんな中、僕はすんなりとその言葉を受け入れ、返事をした。
「うん、僕も書いた。」
書いたのは自分も同じで、まず最初に問われた時、手を上げなかった自分が悪い。そう思った奥は、その時の彼をどうこうしようという気にはなれなかった。寧ろ彼の方が僕の言葉に目を丸くして動揺したようである。
「え、嘘やろ。折角みんながおまんを助けようとしちょったがやにい。」
こう意外そうに言った後、彼は再び念を押すように、「まぁ俺は書いたけんどね」と言った。
その後、家に帰った僕は、事情を知った父にこっぴどく怒られ、母に泣かれ、その日の夕食は食べさせて貰えなかった。が、それよりも僕の胸に残っていったのか、悪友の、「まぁ、俺はさっきおまんの事書いたけんどね。」という一言であった。彼が当時本当に書いたのかどうなのかについては、未だに定かではないし、明らかにする気もない。が、今でも彼と交際があることだけは確かである。
2016年1月29日金曜日
ああ華族様だよ と私は嘘をつくのであったー渡辺温
「私」は隣室のコーカサス人の、「アレキサンダー」に連れられて、横浜の夜を遊び歩いていました。そこで彼らは異国の匂いのする街で彼らは様々な夜を生きる女性と巡りあい、別れていきます。
その夜、「私」と「アレキサンダー」は「エトワール」と云うホテルに入って生きました。そして、そこにはなんと十人もの絢爛たる女性たちがならんでいたのです。その中から「私」は一人気になる女性を選び、共に寝室に入って行きました。ふと、
「あなた、偉い方?」
と女性はといました。すると、「私」は、
「ああ、華族様さ。けれども男爵だよ。」
と云って彼女を口説いていくのでした。
その夜、「私」と「アレキサンダー」は「エトワール」と云うホテルに入って生きました。そして、そこにはなんと十人もの絢爛たる女性たちがならんでいたのです。その中から「私」は一人気になる女性を選び、共に寝室に入って行きました。ふと、
「あなた、偉い方?」
と女性はといました。すると、「私」は、
「ああ、華族様さ。けれども男爵だよ。」
と云って彼女を口説いていくのでした。
2016年1月27日水曜日
注文の多い料理店ー宮沢賢治
二人の若い紳士はイギリスの兵隊の格好をして、「鹿の黄いろな横っ腹なんぞに、二三発お見舞もうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。くるくるまわって、それからどたっと倒れるだろうねえ。」と山奥で狩りを楽しんでいました。また彼らは白熊のような犬を連れていましたが、山の環境に耐えきれず、死んでしまいます。その様子を見て、二人は「じつにぼくは、二千四百円の損害だ」、「ぼくは二千八百円の損害だ。」と、悔しそうにしていました。
しかし、彼らは狩りを終えて帰ろうかという時、道が分からなくなってしまいます。そしてどうしようかと思案しているところに、ふと目の前に「山猫軒」という、立派な西洋づくりの料理店が表れました。そして二人は躊躇なく中へと入っていきます。
ところで、この「山猫軒」という建物は奇妙なつくりをしており、中は多くの扉で仕切られているのです。更に奇妙なことに、各部屋には「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」、「ことに肥ったお方や若いお方は、大歓迎いたします」といった具合に、訪問者に向けてのメッセージが書かれています。
またそのメッセージの大半は、訪問者に向けての注文が書かれています。(※)二人はこれをはじめは、マナーに五月蝿い主人がいるのではないか、貴族たちが集まる料理店なのではないかといった予想を立てていきました。ですがこの幾つもの注文の多さに、やがて違和感を感じ、どうやら自分たちは食べる側ではなく、食べられる側なのではないか、という仮説が脳裏を過ります。すぐさま彼らは逃げようとしますが、扉は全く動かなくなってしまいました。そして奥の扉では、大きな鍵穴が二つついており、なんとそこから大きな目玉がきょろきょろと動いているではありませんか。二人は顔が紙屑のような表情になり、互いに顔を合わせながらブルブルと震わせて泣きました。
その時、部屋の中にあの二匹の白熊の犬が入ってきて、大きな目のあった部屋に飛び込んでいきました。やがて中からは獣の声が聞こえてきます。
気が付くと、彼らは草の中に立っており、道を通りかかった専門の漁師に救出されました。ですが、一度くしゃくしゃになった彼らの顔は、東京に帰っても、お湯に浸かっても元の通りにはならなかったようです。
この作品では、〈自然を征服していたつもりが、かえって征服されかけた、哀れな人間の姿〉が描かれています。
物語の冒頭では、彼らはあたかも自然にあるものを自分たちが征服しているかのように、狩りを楽しんだり、或いはその生命を「じつにぼくは、二千四百円の損害だ」と言って、金銭によって支配しているつもりでいるようです。このように云いますと、まるでこの若い紳士二人が、特別軽薄な人物のように捉えられるかも知れません。しかしこうした観点は私達にも少なからず身についているものなのではないでしょうか。例えば、監視員のいる海水浴場では、私たちはなんの警戒心もなく水遊びを楽しんでいますし、海で採れた魚介類をあちらが安い、こちらが高いといった風に値踏みする習慣もあります。ですからこの作品に登場する紳士たちは特別な悪人という訳ではなく、私達と同じ感覚をもった人々として観るべきでしょう。
そしてそんな彼らは、辺ぴな山奥に「山猫軒」という西洋料理店を偶然にも発見します。道に迷い、空腹であった彼らははじめ、喜々として入っていきますが、徐々にこの店が自分たちがもてなされる為に存在しているのではないことに気がついていくのです。
監視員の目の届き安全が確保されている海では、安心して水泳が楽しめますが、これが津波の時ならどうでしょうか。更には穏やかであっても違う場所であれば、浅瀬かと思えば大きな窪みがあり、そこには渦が巻いており人間一人を簡単に吸い込む力を持っているのです。
また先程の魚の例えで言えば、スーパーで私達が簡単に手に取っている魚は海の中を泳いでおり、人間と格闘した結果、捕獲されたものなのです。場合によっては海の中へ引きずり込まれる事だってあります。
このように、自然とは人間が制圧している環境下においては、人間にとって有効に働いてくれていますが、一歩人間の社会を出ると、私達を飲み込むほど強大な力を持っているのです。また熊に襲われたり、マムシやハブといった蛇に噛まれたりする等、直接的に人間を侵略しようとする場合もあります。
ですから、この若い紳士達の失敗というのも、人間の社会のあり方を過度に世界全体に押しつけてしまったことにあるのでしょう。そして彼らは自分たちが道具のように惜しんだ犬の力によって助けられ、都会へと帰っていきます。ですが人間の社会の外には安全の保証がないことをしった彼らは、自然の驚異に身を震わせているために、いつまで経っても紙屑のような表情は取れないでいるのです。
※
「鉄砲と弾丸をここへ置いてください。」
「どうか帽子と外套と靴をおとり下さい。」
「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、ことに尖ったものは、みんなここに置いてください」
「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。」
「クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか、」
「料理はもうすぐできます。十五分とお待たせはいたしません。すぐたべられます。早くあなたの頭に瓶の中の香水をよく振りかけてください。」
「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。もうこれだけです。どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさんよくもみ込んでください。」
しかし、彼らは狩りを終えて帰ろうかという時、道が分からなくなってしまいます。そしてどうしようかと思案しているところに、ふと目の前に「山猫軒」という、立派な西洋づくりの料理店が表れました。そして二人は躊躇なく中へと入っていきます。
ところで、この「山猫軒」という建物は奇妙なつくりをしており、中は多くの扉で仕切られているのです。更に奇妙なことに、各部屋には「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」、「ことに肥ったお方や若いお方は、大歓迎いたします」といった具合に、訪問者に向けてのメッセージが書かれています。
またそのメッセージの大半は、訪問者に向けての注文が書かれています。(※)二人はこれをはじめは、マナーに五月蝿い主人がいるのではないか、貴族たちが集まる料理店なのではないかといった予想を立てていきました。ですがこの幾つもの注文の多さに、やがて違和感を感じ、どうやら自分たちは食べる側ではなく、食べられる側なのではないか、という仮説が脳裏を過ります。すぐさま彼らは逃げようとしますが、扉は全く動かなくなってしまいました。そして奥の扉では、大きな鍵穴が二つついており、なんとそこから大きな目玉がきょろきょろと動いているではありませんか。二人は顔が紙屑のような表情になり、互いに顔を合わせながらブルブルと震わせて泣きました。
その時、部屋の中にあの二匹の白熊の犬が入ってきて、大きな目のあった部屋に飛び込んでいきました。やがて中からは獣の声が聞こえてきます。
気が付くと、彼らは草の中に立っており、道を通りかかった専門の漁師に救出されました。ですが、一度くしゃくしゃになった彼らの顔は、東京に帰っても、お湯に浸かっても元の通りにはならなかったようです。
この作品では、〈自然を征服していたつもりが、かえって征服されかけた、哀れな人間の姿〉が描かれています。
物語の冒頭では、彼らはあたかも自然にあるものを自分たちが征服しているかのように、狩りを楽しんだり、或いはその生命を「じつにぼくは、二千四百円の損害だ」と言って、金銭によって支配しているつもりでいるようです。このように云いますと、まるでこの若い紳士二人が、特別軽薄な人物のように捉えられるかも知れません。しかしこうした観点は私達にも少なからず身についているものなのではないでしょうか。例えば、監視員のいる海水浴場では、私たちはなんの警戒心もなく水遊びを楽しんでいますし、海で採れた魚介類をあちらが安い、こちらが高いといった風に値踏みする習慣もあります。ですからこの作品に登場する紳士たちは特別な悪人という訳ではなく、私達と同じ感覚をもった人々として観るべきでしょう。
そしてそんな彼らは、辺ぴな山奥に「山猫軒」という西洋料理店を偶然にも発見します。道に迷い、空腹であった彼らははじめ、喜々として入っていきますが、徐々にこの店が自分たちがもてなされる為に存在しているのではないことに気がついていくのです。
監視員の目の届き安全が確保されている海では、安心して水泳が楽しめますが、これが津波の時ならどうでしょうか。更には穏やかであっても違う場所であれば、浅瀬かと思えば大きな窪みがあり、そこには渦が巻いており人間一人を簡単に吸い込む力を持っているのです。
また先程の魚の例えで言えば、スーパーで私達が簡単に手に取っている魚は海の中を泳いでおり、人間と格闘した結果、捕獲されたものなのです。場合によっては海の中へ引きずり込まれる事だってあります。
このように、自然とは人間が制圧している環境下においては、人間にとって有効に働いてくれていますが、一歩人間の社会を出ると、私達を飲み込むほど強大な力を持っているのです。また熊に襲われたり、マムシやハブといった蛇に噛まれたりする等、直接的に人間を侵略しようとする場合もあります。
ですから、この若い紳士達の失敗というのも、人間の社会のあり方を過度に世界全体に押しつけてしまったことにあるのでしょう。そして彼らは自分たちが道具のように惜しんだ犬の力によって助けられ、都会へと帰っていきます。ですが人間の社会の外には安全の保証がないことをしった彼らは、自然の驚異に身を震わせているために、いつまで経っても紙屑のような表情は取れないでいるのです。
※
「鉄砲と弾丸をここへ置いてください。」
「どうか帽子と外套と靴をおとり下さい。」
「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、ことに尖ったものは、みんなここに置いてください」
「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。」
「クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか、」
「料理はもうすぐできます。十五分とお待たせはいたしません。すぐたべられます。早くあなたの頭に瓶の中の香水をよく振りかけてください。」
「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。もうこれだけです。どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさんよくもみ込んでください。」
2016年1月21日木曜日
捨児ー芥川龍之介(あらすじのみ)
浅草の末永町にある信行寺の和尚、日錚は、寺の前に捨てられていた捨児を育てることにします。そして彼は自分の仕事の傍ら、勇之助と名付けたこの捨児を大事に育てていました。しかしその一方では、出来ることなら本当の母親に合わせてやりたいとも思っていたのです。
そんなある年の冬、和尚のもとに三十四五の女性が訪れます。話を聞くと、彼女は捨児の母親であり、家が株に手を出したばかりに夜逃げし、我が子を手放さなければならなくなったというのです。その後夫は運送屋に奉公へ、女はある糸屋の下女として働き、やがては生活にも余裕がでてきはじめます。
ところが、そんな夫婦にも不幸が襲いました。夫はチブスにかかり一週間もしないうちに亡くなり、子供も夫の百ヶ日も明けないうちに命を落としたのです。途方に暮れた彼女は、半年泣き続け、その後捨児の事を思い出し、寺に参上したのでした。そしてその時、和尚の蓮華夫人の説教を聞き、より思いを強くしたのだとも云います。
こうして捨児は実の母親に引き取られ、幸せに暮らしていたように思われました。
ところが、その女というのは、実は勇之助の本当の母親ではなかったそうです。成長した勇之助は、母親の死後、ひょんな事から母親の素性を知ることになりました。株のことや運送屋のことは嘘ではないようですが、実際にいた夫婦の子どもというものは女の子で、なんと既に死んでいたというではありませんか。
しかし、そのような真実を知ったところで、勇之助の母親への愛情は変わらず、寧ろ一層懐かし思うようになったのだといいます。そして彼曰く、事実を知った時、彼の中で女は母親以上の人間になったのだとも言うのです。
そんなある年の冬、和尚のもとに三十四五の女性が訪れます。話を聞くと、彼女は捨児の母親であり、家が株に手を出したばかりに夜逃げし、我が子を手放さなければならなくなったというのです。その後夫は運送屋に奉公へ、女はある糸屋の下女として働き、やがては生活にも余裕がでてきはじめます。
ところが、そんな夫婦にも不幸が襲いました。夫はチブスにかかり一週間もしないうちに亡くなり、子供も夫の百ヶ日も明けないうちに命を落としたのです。途方に暮れた彼女は、半年泣き続け、その後捨児の事を思い出し、寺に参上したのでした。そしてその時、和尚の蓮華夫人の説教を聞き、より思いを強くしたのだとも云います。
こうして捨児は実の母親に引き取られ、幸せに暮らしていたように思われました。
ところが、その女というのは、実は勇之助の本当の母親ではなかったそうです。成長した勇之助は、母親の死後、ひょんな事から母親の素性を知ることになりました。株のことや運送屋のことは嘘ではないようですが、実際にいた夫婦の子どもというものは女の子で、なんと既に死んでいたというではありませんか。
しかし、そのような真実を知ったところで、勇之助の母親への愛情は変わらず、寧ろ一層懐かし思うようになったのだといいます。そして彼曰く、事実を知った時、彼の中で女は母親以上の人間になったのだとも言うのです。
狂女ーギ・ド・モオパッサン
「マテュー・ダントラン」の隣家には、所謂狂女(キチガイ)と呼ばれる類の女が住んでおりました。この女は二十五の歳に、たったひと月のうちに、その父親と夫と産まれたばかりの赤ん坊を亡くし、天涯孤独の身となってしまったのです。以来、女は床に伏した儘となり、一度起こそうとしようものなら、今にも殺されでもするのかと思うほどに、泣き喚き、手がつけられないと言います。
それから十五年という月日が流れ、フランスが普仏戦争に突入した頃、彼女らの街にもプロイセンの軍隊が攻めてきました。そして将校は兵隊たちを民家に割り当て、狂女のところに十二人の兵隊が入ることとなったのです。その中に鼻っぱしの荒い、気難しい少佐がいました。彼は女が病気で部屋から出てこないことを予め聞いていたので、最初の何日かは気にもとめていないようでした。しかし、日が経つにつれて業を煮やしていきます。少佐は女の病気が本当だとは思われず、実際は自分たちプロイセンに対する反抗の為、部屋から出てこないのであろうと考えていくようになっていったのです。そこで少佐は、直々に女の部屋へ行き、話したいことがあるので自分たちと面談するよう言いました。しかし女は虚ろな目を向けて、うんともすんとも言いません。そこで少佐は、
「無体もたいていにしてもらいたいね。もしもあんたが自分から進んで起きんようじゃったら、吾輩のほうにも考えがある。厭でも独りで歩かせる算段をするからな」
と言いました。それでも女の様子は変わりません。ところが少佐はこの沈黙は自分への侮辱だと考え憤慨し、「いいかね、明日になっても、もし寝床から降りんようじゃったら――」と言いかけて部屋を出ていきました。
そして次の日、女はやっぱり外には出てはきませんでした。少佐が部屋に行くと老女が、抵抗する女に必死で着物を着せようとしていました。老女は、
「奥さんは起きるのがお厭なんです。旦那、起きるのは厭だと仰有るんです。どうぞ堪忍してあげて下さい。奥さんは、嘘でもなんでもございません、それはそれはお可哀相なかたなんですから――」
と言いましたが、少佐の堪忍袋の緒が遂に切れました。彼は兵隊に命令し、女をその布団ごと、イオモオヴィルの森へと担がせました。そして森からは兵隊達だけが出てきたのです。
やがてプロイセンの軍が街から出ていった年の秋、「マテュー・ダントラン」はその森で例の女の遺体を発見しました。そして「僕たちの息子の時代には、二度と再び戦争などのないように」と、ひたすら彼はそれを念じたのです。
この作品では、〈自分と相手の立場を意識するあまり、表現を捉え違うこともある〉ということが描かれています。
物語を読み終えた読者は、「マテュー・ダントラン」の最後の「そして、僕たちの息子の時代には、二度と再び戦争などのないようにと、ひたすら僕はそれを念じている次第なのだ。」という言葉jから、恐らく、「この物語の悲劇というものは、一体どこからやってきているのだろう」と考えずにはいられなくなることでしょう。そしてそれは言うまでのなく、狂女の表現と大佐の受け止め方の食い違いにあります。では、それらのやりとりをつぶさに見ていくことにしましょう。
狂女の存在を知った少佐は、はじめは気にも止めていなかったものの、徐々に彼女について懐疑的になっていきます。と言いますのも、世はフランスとプロイセン都で戦争中。ですから少佐が考えるフランス人の前提としては、プロイセンが絶対的にフランス人に好意を持たれておらず、寧ろ嫌われているはずだという想定があるのです。ですから彼はそうした戦争という色眼鏡で狂女を見た時、彼女の話というものが怪しく思えてきはじめます。
一方、狂女の側では、愛する家族をひと月のうちに失って以来、人間としての感情をも亡くしていきました。ですから少佐は思っているような、人間観を描くことは出来ず、ましてや相手の表現を受け止める実力すらも残っておらず、ただぼんやりとベッドに寝ているしかないのです。
ですが、色眼鏡をかけた少佐からは、そんな女の事情を正確に読み取ることは出来ません。彼は、話があるから部屋から出てこいという命令に、うんともすんとも言わない女を見て、自分への侮辱と考えていったのです。最早、こうなれば、女がいかなることを言おうとも表現しようとも、少佐からは立派な反抗に見えてしまいます。ですから後日、老女に抵抗して頑なに着替えようとした女を見た時も、「そうまでして我がプロイセンに逆らいたいのか」という想いが内からこみ上げてきたことでしょう。結果、彼女はプロイセンに反逆されたと見なされ、イオモオヴィルの森でその生涯を閉じなければならなかったのです。
それから十五年という月日が流れ、フランスが普仏戦争に突入した頃、彼女らの街にもプロイセンの軍隊が攻めてきました。そして将校は兵隊たちを民家に割り当て、狂女のところに十二人の兵隊が入ることとなったのです。その中に鼻っぱしの荒い、気難しい少佐がいました。彼は女が病気で部屋から出てこないことを予め聞いていたので、最初の何日かは気にもとめていないようでした。しかし、日が経つにつれて業を煮やしていきます。少佐は女の病気が本当だとは思われず、実際は自分たちプロイセンに対する反抗の為、部屋から出てこないのであろうと考えていくようになっていったのです。そこで少佐は、直々に女の部屋へ行き、話したいことがあるので自分たちと面談するよう言いました。しかし女は虚ろな目を向けて、うんともすんとも言いません。そこで少佐は、
「無体もたいていにしてもらいたいね。もしもあんたが自分から進んで起きんようじゃったら、吾輩のほうにも考えがある。厭でも独りで歩かせる算段をするからな」
と言いました。それでも女の様子は変わりません。ところが少佐はこの沈黙は自分への侮辱だと考え憤慨し、「いいかね、明日になっても、もし寝床から降りんようじゃったら――」と言いかけて部屋を出ていきました。
そして次の日、女はやっぱり外には出てはきませんでした。少佐が部屋に行くと老女が、抵抗する女に必死で着物を着せようとしていました。老女は、
「奥さんは起きるのがお厭なんです。旦那、起きるのは厭だと仰有るんです。どうぞ堪忍してあげて下さい。奥さんは、嘘でもなんでもございません、それはそれはお可哀相なかたなんですから――」
と言いましたが、少佐の堪忍袋の緒が遂に切れました。彼は兵隊に命令し、女をその布団ごと、イオモオヴィルの森へと担がせました。そして森からは兵隊達だけが出てきたのです。
やがてプロイセンの軍が街から出ていった年の秋、「マテュー・ダントラン」はその森で例の女の遺体を発見しました。そして「僕たちの息子の時代には、二度と再び戦争などのないように」と、ひたすら彼はそれを念じたのです。
この作品では、〈自分と相手の立場を意識するあまり、表現を捉え違うこともある〉ということが描かれています。
物語を読み終えた読者は、「マテュー・ダントラン」の最後の「そして、僕たちの息子の時代には、二度と再び戦争などのないようにと、ひたすら僕はそれを念じている次第なのだ。」という言葉jから、恐らく、「この物語の悲劇というものは、一体どこからやってきているのだろう」と考えずにはいられなくなることでしょう。そしてそれは言うまでのなく、狂女の表現と大佐の受け止め方の食い違いにあります。では、それらのやりとりをつぶさに見ていくことにしましょう。
狂女の存在を知った少佐は、はじめは気にも止めていなかったものの、徐々に彼女について懐疑的になっていきます。と言いますのも、世はフランスとプロイセン都で戦争中。ですから少佐が考えるフランス人の前提としては、プロイセンが絶対的にフランス人に好意を持たれておらず、寧ろ嫌われているはずだという想定があるのです。ですから彼はそうした戦争という色眼鏡で狂女を見た時、彼女の話というものが怪しく思えてきはじめます。
一方、狂女の側では、愛する家族をひと月のうちに失って以来、人間としての感情をも亡くしていきました。ですから少佐は思っているような、人間観を描くことは出来ず、ましてや相手の表現を受け止める実力すらも残っておらず、ただぼんやりとベッドに寝ているしかないのです。
ですが、色眼鏡をかけた少佐からは、そんな女の事情を正確に読み取ることは出来ません。彼は、話があるから部屋から出てこいという命令に、うんともすんとも言わない女を見て、自分への侮辱と考えていったのです。最早、こうなれば、女がいかなることを言おうとも表現しようとも、少佐からは立派な反抗に見えてしまいます。ですから後日、老女に抵抗して頑なに着替えようとした女を見た時も、「そうまでして我がプロイセンに逆らいたいのか」という想いが内からこみ上げてきたことでしょう。結果、彼女はプロイセンに反逆されたと見なされ、イオモオヴィルの森でその生涯を閉じなければならなかったのです。
2016年1月16日土曜日
故郷ー太宰治
著者は昨年、十年ぶりに里帰りを果たしていました。その翌年、彼の母親が危篤になっていることをきっかけに、津島と昔から懇意にしている「北」と「中畑」という人物の計らいによって、家族を含めた二度目の故郷帰りを行うこととなりました。
しかし著者は、地元有力者の家に生まれながら芸妓と結婚したことをきっかけに長兄から勘当させられており、その後も左翼活動、度重なる自殺未遂によって、家族を困られている過去を持っています。ですから彼は家族に合わせる顔も持ちあわせておらず、やや乗り切らない様子です。ですが、それでも「北」や中畑顔を立てようとして、彼は里帰りを決意していったのでした。
ですが一方で津島家の方でも、母の危篤をきっかけに著者に帰ってきてもらおうという話になっており、行き違いで次兄が電報を打ったところだったのです。
その結果、著者は家族の中に加えてもらう事が出来、使命を果たした付添人の「北」は東京へ帰ることとなったのですが、長年家族の悪人でいた彼は、今更どのような顔で家族と向きあえば分からず、無作法によって兄たちを怒らせることを恐れて、ただビクビクとするばかりなのでした。
しかし著者は、地元有力者の家に生まれながら芸妓と結婚したことをきっかけに長兄から勘当させられており、その後も左翼活動、度重なる自殺未遂によって、家族を困られている過去を持っています。ですから彼は家族に合わせる顔も持ちあわせておらず、やや乗り切らない様子です。ですが、それでも「北」や中畑顔を立てようとして、彼は里帰りを決意していったのでした。
ですが一方で津島家の方でも、母の危篤をきっかけに著者に帰ってきてもらおうという話になっており、行き違いで次兄が電報を打ったところだったのです。
その結果、著者は家族の中に加えてもらう事が出来、使命を果たした付添人の「北」は東京へ帰ることとなったのですが、長年家族の悪人でいた彼は、今更どのような顔で家族と向きあえば分からず、無作法によって兄たちを怒らせることを恐れて、ただビクビクとするばかりなのでした。
2016年1月13日水曜日
聖女人像ー豊島与志雄
「私」はいつの頃か病気らしく、気の向く儘に起きたり寝たりを繰り返すような生活を続けています。しかし彼曰く、それは一般的な病気なのか、それとはまた別の、所謂「私」のつくり上げた思い込みのようなものなのか。不明瞭なところがあるというのです。
また彼には、仕事の同僚である「久子」という、微妙な間柄の関係の女性がいます。微妙と言いますのも、「私」はどうやら彼女とは肉体的な関係は結んではいるものの、多少なりの不満があったのです。そして私にはそもそも、結婚をするという気持ちも毛頭ありません。
このようなことを考えていると、「私」は「清子」という女性の事を考えはじめ、「もし清子だったならば」と妄想しはじめます。「清子」とは何者なのか。それは恐らく「私」がつくりあげた架空の人物であり、彼が現実に不満を抱くと彼の頭の中から抜け出し、現実に顔を出す存在のようです。
そして「私」にはもう一つ、変わったところがあり、自分の「孤独圏」に異常な拘りを持っています。この「孤独圏」というものは、彼曰く、「精神の周囲と言ってもよし、精神の内部と言ってもよいが、そこの僅かな空間のことで、それは絶対に私一人だけのものであり、決して他人の窺ゆ(きゆ)を許さないものであり、私の独自性の根源なのだ」というのです。そしてこの「孤独圏」に浸っている時も、「清子」彼の中に表れ、そうした性質を助長させていきます。
ところがそんな「清子」を失う事件が起こります。きっかけは「私」の「婆や」が買ってくれた、鮮やかな朱塗りの箱枕でした。彼はこれに寝転がっている内に再び自身の孤独圏へと引きこもっていきます、そしてそこへ登場した清子に対して、「私」は彼女を箱枕に寝かせて自身の世界を見せようとする妄想を見はじめます。
そしてある時、「久子」とどう同僚の「尾形」が家にやってきた時、「久子」は偶然に箱枕を発見するのです。刹那、彼女はその色気のある枕から、「私」に他の女の影を連想し、「なんでしょう、これは。」と冷淡に言いながら、それを彼の傍へ投げ出してしまいます。その途端、彼は急激な憤怒の念を覚え、
「もう帰ってくれ。君たち帰ってくれ。僕は一人でいたいんだ。この大事な箱枕をして、彼女のことを考えていたいんだ。一人きりでいたいんだ。何をぐずぐずしてるんだ。帰れよ。僕はもう一切口を利かないぞ。黙って一人でいたいんだ。」
と言って、彼女らを追い返してしまったのです。その彼の前には、「尾形」も「久子」も、そして「清子」すらもいなくなってしまい、ただただ孤独の深淵に取り込まれていくばかりなのでした。
一体、「清子」とは「私」にとって、どのような存在だったのでしょうか。
この作品では、〈自身のつくり上げた架空の「聖女」と深く関わっていくことで、かえって現実との接点を取り持っていた、ある男〉が描かれています。
上記の問題を解くにあたって、一体「清子」がどのような時に、彼の頭の中に表れてくるのかを整理してみましょう。
彼女が彼の前に表れるのは大きく分けて二つの場合があります。ひとつは彼が現実の、主に「久子」に対して不満を感じた時、「もし清子ならば」と言った具合に、その照り返しとして出現する場合。そしていまひとつは、自身の孤独の世界に浸っている時、それを共有する生きた女性として出現する場合です。言わば彼女は、現実の世界と「私」の頭の中の中間の地点に存在する人物ということになります。
しかし恐らく、一部の読者の中には、彼のこうした精神のあり方が理解出来ない方々がいらっしゃるかと思いますので、より私たちの生活に即した例を出すことで説明していきましょう。
例えば貴方が仕事をしている時、野球やサッカーなどチームで何かをするスポーツをしている時、その中に要領を得ない人物が一人いるとしましょう。すると貴方はその人にどのような印象を持つでしょうか。大なり小なりストレスを感じ、「もしこの人がもっとチーム全体の事を見渡すことができれば」、「もしこの人が日頃から一緒にやっているあの人であったならば」と言った具合に、架空の別の誰かに置き換えて比較していくのではありませんか。
即ち、物語の中の「清子」も、そうした考えを延長させた存在だと考えて良いでしょう。ですがもし「清子」が上記の例とはまた違ったところがあるとすれば、それは「私」の中の彼女という像があまりにも鮮明な為に、彼にとっては「久子」や「尾形」といった生きた人間とより近い存在であったということです。
しかし、そんな「清子」は何故、そうした生きた人々と消えなければならないのでしょうか。きっかけは彼の「婆や」が買ってくれた箱枕でした。彼はそれに頭を乗せている内に、自分の世界へと身を投じはじめます。そしていつしか自身の強い理解者として、「清子」を出現させ箱枕へ寝かせて、同じ世界にいるという妄想を抱いていきました。ところが、「久子」の邪推によって、「清子」と共に過ごした箱枕は、彼女によって乱暴に扱われます。当然、「私」は自身の孤独と「清子」を踏みにじられた思いから強い憤慨を覚え、二人を追い出し、自分一人だけになってしまいます。
ですが、何故「清子」までもそこから去っていったのでしょうか。そもそも彼女という存在は「私」の中の存在であるのだから、一見消えようがないようにも思います。ですが、彼女が現実の照り返しによってつくり上げた存在である以上、「久子」やその他の現実の煩わしい出来事がない限り、存在のしようがありません。
ですから、彼女は。「私」の現実との反映がなくなった時点で、他の人々と共に姿を消していくしかなかったのでした。
また彼には、仕事の同僚である「久子」という、微妙な間柄の関係の女性がいます。微妙と言いますのも、「私」はどうやら彼女とは肉体的な関係は結んではいるものの、多少なりの不満があったのです。そして私にはそもそも、結婚をするという気持ちも毛頭ありません。
このようなことを考えていると、「私」は「清子」という女性の事を考えはじめ、「もし清子だったならば」と妄想しはじめます。「清子」とは何者なのか。それは恐らく「私」がつくりあげた架空の人物であり、彼が現実に不満を抱くと彼の頭の中から抜け出し、現実に顔を出す存在のようです。
そして「私」にはもう一つ、変わったところがあり、自分の「孤独圏」に異常な拘りを持っています。この「孤独圏」というものは、彼曰く、「精神の周囲と言ってもよし、精神の内部と言ってもよいが、そこの僅かな空間のことで、それは絶対に私一人だけのものであり、決して他人の窺ゆ(きゆ)を許さないものであり、私の独自性の根源なのだ」というのです。そしてこの「孤独圏」に浸っている時も、「清子」彼の中に表れ、そうした性質を助長させていきます。
ところがそんな「清子」を失う事件が起こります。きっかけは「私」の「婆や」が買ってくれた、鮮やかな朱塗りの箱枕でした。彼はこれに寝転がっている内に再び自身の孤独圏へと引きこもっていきます、そしてそこへ登場した清子に対して、「私」は彼女を箱枕に寝かせて自身の世界を見せようとする妄想を見はじめます。
そしてある時、「久子」とどう同僚の「尾形」が家にやってきた時、「久子」は偶然に箱枕を発見するのです。刹那、彼女はその色気のある枕から、「私」に他の女の影を連想し、「なんでしょう、これは。」と冷淡に言いながら、それを彼の傍へ投げ出してしまいます。その途端、彼は急激な憤怒の念を覚え、
「もう帰ってくれ。君たち帰ってくれ。僕は一人でいたいんだ。この大事な箱枕をして、彼女のことを考えていたいんだ。一人きりでいたいんだ。何をぐずぐずしてるんだ。帰れよ。僕はもう一切口を利かないぞ。黙って一人でいたいんだ。」
と言って、彼女らを追い返してしまったのです。その彼の前には、「尾形」も「久子」も、そして「清子」すらもいなくなってしまい、ただただ孤独の深淵に取り込まれていくばかりなのでした。
一体、「清子」とは「私」にとって、どのような存在だったのでしょうか。
この作品では、〈自身のつくり上げた架空の「聖女」と深く関わっていくことで、かえって現実との接点を取り持っていた、ある男〉が描かれています。
上記の問題を解くにあたって、一体「清子」がどのような時に、彼の頭の中に表れてくるのかを整理してみましょう。
彼女が彼の前に表れるのは大きく分けて二つの場合があります。ひとつは彼が現実の、主に「久子」に対して不満を感じた時、「もし清子ならば」と言った具合に、その照り返しとして出現する場合。そしていまひとつは、自身の孤独の世界に浸っている時、それを共有する生きた女性として出現する場合です。言わば彼女は、現実の世界と「私」の頭の中の中間の地点に存在する人物ということになります。
しかし恐らく、一部の読者の中には、彼のこうした精神のあり方が理解出来ない方々がいらっしゃるかと思いますので、より私たちの生活に即した例を出すことで説明していきましょう。
例えば貴方が仕事をしている時、野球やサッカーなどチームで何かをするスポーツをしている時、その中に要領を得ない人物が一人いるとしましょう。すると貴方はその人にどのような印象を持つでしょうか。大なり小なりストレスを感じ、「もしこの人がもっとチーム全体の事を見渡すことができれば」、「もしこの人が日頃から一緒にやっているあの人であったならば」と言った具合に、架空の別の誰かに置き換えて比較していくのではありませんか。
即ち、物語の中の「清子」も、そうした考えを延長させた存在だと考えて良いでしょう。ですがもし「清子」が上記の例とはまた違ったところがあるとすれば、それは「私」の中の彼女という像があまりにも鮮明な為に、彼にとっては「久子」や「尾形」といった生きた人間とより近い存在であったということです。
しかし、そんな「清子」は何故、そうした生きた人々と消えなければならないのでしょうか。きっかけは彼の「婆や」が買ってくれた箱枕でした。彼はそれに頭を乗せている内に、自分の世界へと身を投じはじめます。そしていつしか自身の強い理解者として、「清子」を出現させ箱枕へ寝かせて、同じ世界にいるという妄想を抱いていきました。ところが、「久子」の邪推によって、「清子」と共に過ごした箱枕は、彼女によって乱暴に扱われます。当然、「私」は自身の孤独と「清子」を踏みにじられた思いから強い憤慨を覚え、二人を追い出し、自分一人だけになってしまいます。
ですが、何故「清子」までもそこから去っていったのでしょうか。そもそも彼女という存在は「私」の中の存在であるのだから、一見消えようがないようにも思います。ですが、彼女が現実の照り返しによってつくり上げた存在である以上、「久子」やその他の現実の煩わしい出来事がない限り、存在のしようがありません。
ですから、彼女は。「私」の現実との反映がなくなった時点で、他の人々と共に姿を消していくしかなかったのでした。
2016年1月11日月曜日
最後の一句ー森鴎外
船乗りである「桂屋太郎兵衛」(かつらやたろうべえ)は、自身の仕事においてある不始末を行った為に、斬罪に処する事が決定しました。この知らせを聞いた、彼の娘である「いち」は願い書を書いて父を助けてもらうよう、他の妹や弟達に提案します。しかし、それでけでは、奉行は自分たちの願いを聞いてくれないだろうと考えた彼女は、なんと自分達の命を差し出す代わりに父の命を見逃してもらうよう頼むと言うのです。当然兄弟達は動揺しましたが、いちはそんなことなど気に止めません。
こうして自らの命を差し出す事を決めた兄弟の何人かは、奉行所へと足を運びました。ところが、門番に事情を説明しようとするのですが、門番は彼女らの話も聞かず門前払いを食らわします。ですがそれにも何喰わぬ顔で、いちは他の兄弟にも指示を出し、皆で門の前に座り込んで、再び開いたかと思うと、なんとお構いなしに中へ入ろうとするではありませんか。そして先程の門番と押し問答する羽目になったのですが、そこへ一部始終を見ていた他の詰め衆(つめしゅう)がやってきました。そして委細を承知した一人の詰め衆がいちの手から願書を受け取り、遂に奉行のもとに届くこととなったのです。
しかしここでも大きな難関が彼女たちを待っていました。と言いますのも、いちが書いた大人顔負けの願書(ふつつかなかな文字で書いてあったが、条理がよく整っており、大人でもここまでのものを書くことは骨が折れるほどの出来だったのです。)を見た奉行、佐佐又四郎成意(ささまたしろうなりむね)は、一旦子供達を帰すと、何か情偽があるのではないかと邪推し、彼女ら一家を尋問することにしたのです。この時、奉行はもし偽りがあれば、本当の事を言うまで拷問に処すると彼女らを脅しました。一家は大なり小なり動揺を禁じえませんでしたが、矢張りいちだけは臆する事なく淡々と答えていきます。そして奉行から、「そんなら今一つお前に聞くが、身代りをお聞屆けになると、お前達はすぐに殺されるぞよ。父の顏を見ることは出來ぬが、それでも好いか。」と言われますが、それに対しても彼女は冷ややかな調子で「よろしゅうございます」と答えました。その後、何かを考えた後、
「お上の事に間違いはございますまいから」
と付け足すのでした。瞬間、奉行は不意打ちを喰らった心持ちになり、いちの表情を確認します。その時、彼女は憎悪にも似た驚異の目をしていたと言うのです。そしてこの、親を庇う心の内にある反抗の鋒は、奉行だけではなく、書院にいた役員一同の胸にも刺さり、彼女の最後の一句が反響するのでした。
こうしていちは自らの「献身」によって自らの父親の命を救っていったのです。
この作品では、〈「献身」の心が強すぎるが故に、身辺の大人達の脳裏を支配し、父親を救ったある少女〉が描かれています。
この物語の面白いところは言うまでもなく、一人の少女の一句によって、大の大人達が彼女の言うことを聞かなければならなくなっていった、というところにあります。ではこの問題を解くにあたって、役人たちの脳裏にあるいちが、どのようにして移り変わっていったのかを見ていきましょう。
はじめ門番が彼女を追い払おうとする場面においては、いち達の話を聞かないところから察するに、罪人たる父をなんの条件もなしに助けて貰おうという、哀願の気持ちから奉行所にやってきたのはないかと考えた事でしょう。ですから門番は彼女らに取り合わず、門前払いを食らわせたのです。
しかしそれにしては中々帰らず、一向に引かないいちの様子から、門番たちはどうも様子がおかしい事に気が付き始めます。そこで彼女の願書を受け取り、奉行に見せることにしたのです。
そしてその願書を受け取った奉行は、彼女の大人顔負けの文章とその内容を見た時、そうした覚悟がその少女の内あることを信じられず、何か裏があるのではないかと考えていきます。それと同時に、少々痛い目を見せる素振りでも見せれば、ボロが出るとすら考えていたはずなのです。そしてこのような考えこそが、いちの願書を聞かなければいけなくなっていった、大きな要因となっています。それは下記のやり取り、所謂、いちの最後の一句の前後のやりとりに顕著に表れています。
「そんなら今一つお前に聞くが、身代りをお聞屆けになると、お前達はすぐに殺されるぞよ。父の顏を見ることは出來ぬが、それでも好いか。」
「よろしうございます」と、同じような、冷かな調子で答へたが、少し間を置いて、何か心に浮んだらしく、「お上の事には間違はございますまいから」と言ひ足した。
佐佐の顏には、不意打に逢つたやうな、驚愕の色が見えたが、それはすぐに消えて、險しくなつた目が、いちの面に注がれた。憎惡を帶びた驚異の目とでも云はうか。しかし佐佐は何も言はなかつた。
上記の奉行の言葉は、いちの覚悟を問うています。それに対し、彼女はさらりと返事を返し、加えて、「お上の事には間違はございますまいから」と続いているのです。この最後の一句こそ、いちの覚悟の現れに他なりません。彼女の内では、自らが死ぬる事は既に決定事項なのであり、変更不可能な未来なのです。ですがそれ以上に心配している事は、役人たちが果たしてその覚悟に似合う約束の果たし方をしてくれるか否かを問い返しています。ですから著者はいちの一句を不意打ちと表現しているのです。
また、その言葉を聞いた役人たちのいちの像も大きく変化していきます。と言いますのも、それまでのいちの像というものは、彼らが無視をしたり、脅したりすれば掌握出来るような、可愛らしいものであったのですが、この一言によって、それが掌握不能な、巨大な大きな障壁のように感じられたことでしょう。
つまり結果として、いちの覚悟というものが、彼らの想定していた覚悟以上に、遥かに大きなものだった事が、一人の少女の言うことを聞かなければならなかった所以となっているのです。
こうして自らの命を差し出す事を決めた兄弟の何人かは、奉行所へと足を運びました。ところが、門番に事情を説明しようとするのですが、門番は彼女らの話も聞かず門前払いを食らわします。ですがそれにも何喰わぬ顔で、いちは他の兄弟にも指示を出し、皆で門の前に座り込んで、再び開いたかと思うと、なんとお構いなしに中へ入ろうとするではありませんか。そして先程の門番と押し問答する羽目になったのですが、そこへ一部始終を見ていた他の詰め衆(つめしゅう)がやってきました。そして委細を承知した一人の詰め衆がいちの手から願書を受け取り、遂に奉行のもとに届くこととなったのです。
しかしここでも大きな難関が彼女たちを待っていました。と言いますのも、いちが書いた大人顔負けの願書(ふつつかなかな文字で書いてあったが、条理がよく整っており、大人でもここまでのものを書くことは骨が折れるほどの出来だったのです。)を見た奉行、佐佐又四郎成意(ささまたしろうなりむね)は、一旦子供達を帰すと、何か情偽があるのではないかと邪推し、彼女ら一家を尋問することにしたのです。この時、奉行はもし偽りがあれば、本当の事を言うまで拷問に処すると彼女らを脅しました。一家は大なり小なり動揺を禁じえませんでしたが、矢張りいちだけは臆する事なく淡々と答えていきます。そして奉行から、「そんなら今一つお前に聞くが、身代りをお聞屆けになると、お前達はすぐに殺されるぞよ。父の顏を見ることは出來ぬが、それでも好いか。」と言われますが、それに対しても彼女は冷ややかな調子で「よろしゅうございます」と答えました。その後、何かを考えた後、
「お上の事に間違いはございますまいから」
と付け足すのでした。瞬間、奉行は不意打ちを喰らった心持ちになり、いちの表情を確認します。その時、彼女は憎悪にも似た驚異の目をしていたと言うのです。そしてこの、親を庇う心の内にある反抗の鋒は、奉行だけではなく、書院にいた役員一同の胸にも刺さり、彼女の最後の一句が反響するのでした。
こうしていちは自らの「献身」によって自らの父親の命を救っていったのです。
この作品では、〈「献身」の心が強すぎるが故に、身辺の大人達の脳裏を支配し、父親を救ったある少女〉が描かれています。
この物語の面白いところは言うまでもなく、一人の少女の一句によって、大の大人達が彼女の言うことを聞かなければならなくなっていった、というところにあります。ではこの問題を解くにあたって、役人たちの脳裏にあるいちが、どのようにして移り変わっていったのかを見ていきましょう。
はじめ門番が彼女を追い払おうとする場面においては、いち達の話を聞かないところから察するに、罪人たる父をなんの条件もなしに助けて貰おうという、哀願の気持ちから奉行所にやってきたのはないかと考えた事でしょう。ですから門番は彼女らに取り合わず、門前払いを食らわせたのです。
しかしそれにしては中々帰らず、一向に引かないいちの様子から、門番たちはどうも様子がおかしい事に気が付き始めます。そこで彼女の願書を受け取り、奉行に見せることにしたのです。
そしてその願書を受け取った奉行は、彼女の大人顔負けの文章とその内容を見た時、そうした覚悟がその少女の内あることを信じられず、何か裏があるのではないかと考えていきます。それと同時に、少々痛い目を見せる素振りでも見せれば、ボロが出るとすら考えていたはずなのです。そしてこのような考えこそが、いちの願書を聞かなければいけなくなっていった、大きな要因となっています。それは下記のやり取り、所謂、いちの最後の一句の前後のやりとりに顕著に表れています。
「そんなら今一つお前に聞くが、身代りをお聞屆けになると、お前達はすぐに殺されるぞよ。父の顏を見ることは出來ぬが、それでも好いか。」
「よろしうございます」と、同じような、冷かな調子で答へたが、少し間を置いて、何か心に浮んだらしく、「お上の事には間違はございますまいから」と言ひ足した。
佐佐の顏には、不意打に逢つたやうな、驚愕の色が見えたが、それはすぐに消えて、險しくなつた目が、いちの面に注がれた。憎惡を帶びた驚異の目とでも云はうか。しかし佐佐は何も言はなかつた。
上記の奉行の言葉は、いちの覚悟を問うています。それに対し、彼女はさらりと返事を返し、加えて、「お上の事には間違はございますまいから」と続いているのです。この最後の一句こそ、いちの覚悟の現れに他なりません。彼女の内では、自らが死ぬる事は既に決定事項なのであり、変更不可能な未来なのです。ですがそれ以上に心配している事は、役人たちが果たしてその覚悟に似合う約束の果たし方をしてくれるか否かを問い返しています。ですから著者はいちの一句を不意打ちと表現しているのです。
また、その言葉を聞いた役人たちのいちの像も大きく変化していきます。と言いますのも、それまでのいちの像というものは、彼らが無視をしたり、脅したりすれば掌握出来るような、可愛らしいものであったのですが、この一言によって、それが掌握不能な、巨大な大きな障壁のように感じられたことでしょう。
つまり結果として、いちの覚悟というものが、彼らの想定していた覚悟以上に、遥かに大きなものだった事が、一人の少女の言うことを聞かなければならなかった所以となっているのです。
2015年8月8日土曜日
おぎんー芥川龍之介
元和か寛永かの物語です。裏山の山里村に、「おぎん」と云う童女が住んでいました。彼女の父母は仏教を信仰しており、大阪から流浪した後、すぐに死んでしまいます。そして孤児となったおぎんは、「じょあん孫七」(まごしち)からキリスト教の洗礼を受けて、彼と「じょあんなおすみ」の養女となりました。
ですが、当時は世間のキリスト教への信仰が許されていなかった時代。あるクリスマスの夜、役人たる悪魔は彼らの信仰の現場を発見し、民衆の前で火炙りにかけようとしたのです。唯一助かる方法は、神の教えを捨てることでした。そうすれば、役人は彼らを許してくれると云います。しかし強い信仰心を持った孫七とおすみは、決して悪魔の誘惑には負けません。彼らは、教えを守った先には、はらいそ(天国)へ行き、イエスとマリアの傍にいけると固く信じているのです。
ところが、おぎんだけは違いました。
「わたしはおん教を捨てる事にしました。」
この一言は、群衆や役人だけではなく、孫七やおすみも驚かせました。彼らはおぎんが悪魔にすっかり魅入られてしまったと思っていたのです。やがて諦めの念が二人の心に宿ろうした時、おぎんは口を開きます。
「わたしはおん教を捨てました。その訣はふと向うに見える、天蓋のような松の梢に、気のついたせいでございます。あの墓原の松のかげに、眠っていらっしゃる御両親は、天主のおん教も御存知なし、きっと今頃はいんへるのに、お堕ちになっていらっしゃいましょう。それを今わたし一人、はらいその門にはいったのでは、どうしても申し訣がありません。わたしはやはり地獄の底へ、御両親の跡を追って参りましょう。どうかお父様やお母様は、ぜすす様やまりや様の御側へお出でなすって下さいまし。その代りおん教を捨てた上は、わたしも生きては居られません。………」
このおぎんの決意を受け止めたおすみは、涙を見せはじめます。一方の孫七は、一体何が正しいことであるのか分からなくなっていきました。そして孫七はおぎんの顔を見ました。すると、彼女の眼には無邪気な童女のそれだけではなく、「「流人となれるえわの子供」、あらゆる人間の心」」の光が宿っていたのです。このおぎんの眼に説得された孫七はとうとう堕落し、いんへるの(地獄)へ落ちることを決意します。
後世、この物語は、キリスト教の人々があった受難のうちでも、最も恥ずべき躓きとして残りました。そして悪魔はその夜、それを嬉々として大きな書物に化けて夜中刑場を飛んだといいます。ですが、それほど喜ぶほどのものであったのか、著者は懐疑的だというのです。
この作品では、〈キリスト教としての教えに背いたが故に、かえって自分の中に信仰の光を宿した、ある少女〉が描かれています。
この作品が動きはじめるのは、言うまでもなくおぎんの下記の一言からです。
「わたしはおん教を捨てる事にしました。」
この一言を聞いた時、人々は大きく動揺しました。キリスト教を信仰する人々にとって、信仰を守る為に死んでいくことは、生きていくこと以上に誉れであり、死後の幸福が約束されているのです。そしてそれはいかなる理由があっても背くことがあってはならず、信仰を捨てればいんへるの、つまり地獄へ行くことになっています。ですから孫七たちはおぎんのこの一言を聞いた時、真っ先に悪魔からの誘惑を疑い、必死で彼女を説得しようとしたのでした。
ですが、おぎんのこの意思決定は、生みの親を思ってのことだったのです。と言いますのも、彼女の生みの両親は仏教を信仰していました。無論、これはおぎんたちにとって、間違った信仰の対象であり、死後彼らはいんへるのへ堕ちたと考えられています。ですからおぎんは、いんへるのに堕ちた父母の事を想うと、どうしても一人だけはらいそへ行く気にはなれなかったのです。しかしその一方で、育ての親である孫七やおすみが死ぬ運命にあるにも拘わらず、自分だけ生きていても、二人に申し訳がたちません。そこで彼女は一度信仰捨てた後、自分も死ぬ事を決意したのです。
このおぎんの双方の親を想う気持ちに心打たれたのは、じょあんなおすみでした。彼女はおぎんの決意を聞くと、涙を流しはじめます。無論、これらかはらいそへ行こうという者にとっては、あってはならぬ事です。そんな妻を見て、孫七の心も揺らぎはじめます。命を賭して自分の信仰の正しさを知らしめていこうとしている一方で、養女が生みの親と育ての親、両方の事を想った上で信仰を捨てると言っているのです。恐らく孫七にとって、どちらが正しいものであるか、判断がつかなかった事でしょう。そして彼はふと、おぎんの方を見ました。その様子が下記にあたります。
いや、もうおぎんは顔を挙げた。しかも涙に溢れた眼には、不思議な光を宿しながら、じっと彼を見守っている。この眼の奥に閃いているのは、無邪気な童女の心ばかりではない。「「流人となれるえわの子供」、あらゆる人間の心」である。
「お父様! いんへるのへ参りましょう。お母様も、わたしも、あちらのお父様やお母様も、――みんな悪魔にさらわれましょう。」
孫七はおぎんのこの眼を見て堕落を決意したことが推察されます。一体その眼には、おぎんのどういった信仰、態度が示されていたのでしょうか。それはおぎんとそれまでの孫七やおすみの信仰のあり方と比較することで読み解けれるはずです。
二人の信仰というものは、ただ経典に書かれたキリスト教としての教えを守るという、その一点に過ぎません。それだけを長い間続けてきた彼らはただ教えに従っていれば、自分たちの信仰を貫いたということになります。言わば彼らの信仰は、経典という、彼らの外側にあったことになります。
一方、おぎんの信仰というものはどういったものだったのでしょうか。「生みの親と育ての親を命をかけて大切にしなさい」などということは、恐らくどの経典にも載ってはいません。
ここからは私の憶測になるのですが、育ての親と死別したおぎんは、孫七たちからキリスト教の洗礼を受けて以来、間違った信仰をしていた生みの親に対し、憐れみが何処かしらにあったのでしょう。そして信仰を学んでいく中でその想いは大きくなっていき、いよいよ自分の死が目前となった時、おん教を捨てるという表現として表れてきたのです。これは言わば外側から与えられた解答などではなく、自分の内側から出てきた小さな問題意識が童女の中で時間をかけて育まれ、新たな、別の信仰めいたものとして出てきたのでしょう。著者がおぎんの眼を、「「流人となれるえわの子供」、あらゆる人間の心」と表現したのもその為です。
そして孫七もおぎんの眼を見た時、自然と自分の信仰とおぎんの信仰を比較し、おぎんの信仰の強さを眼から感じ取り、いんへるのへ向かう決意を固めていったのでした。
信仰とは、ただ教えを守ることだけではなく、自分がそれまで向き合ってきた問題に対し答えを出し、それに忠実に従う事も指すのです。
ですが、当時は世間のキリスト教への信仰が許されていなかった時代。あるクリスマスの夜、役人たる悪魔は彼らの信仰の現場を発見し、民衆の前で火炙りにかけようとしたのです。唯一助かる方法は、神の教えを捨てることでした。そうすれば、役人は彼らを許してくれると云います。しかし強い信仰心を持った孫七とおすみは、決して悪魔の誘惑には負けません。彼らは、教えを守った先には、はらいそ(天国)へ行き、イエスとマリアの傍にいけると固く信じているのです。
ところが、おぎんだけは違いました。
「わたしはおん教を捨てる事にしました。」
この一言は、群衆や役人だけではなく、孫七やおすみも驚かせました。彼らはおぎんが悪魔にすっかり魅入られてしまったと思っていたのです。やがて諦めの念が二人の心に宿ろうした時、おぎんは口を開きます。
「わたしはおん教を捨てました。その訣はふと向うに見える、天蓋のような松の梢に、気のついたせいでございます。あの墓原の松のかげに、眠っていらっしゃる御両親は、天主のおん教も御存知なし、きっと今頃はいんへるのに、お堕ちになっていらっしゃいましょう。それを今わたし一人、はらいその門にはいったのでは、どうしても申し訣がありません。わたしはやはり地獄の底へ、御両親の跡を追って参りましょう。どうかお父様やお母様は、ぜすす様やまりや様の御側へお出でなすって下さいまし。その代りおん教を捨てた上は、わたしも生きては居られません。………」
このおぎんの決意を受け止めたおすみは、涙を見せはじめます。一方の孫七は、一体何が正しいことであるのか分からなくなっていきました。そして孫七はおぎんの顔を見ました。すると、彼女の眼には無邪気な童女のそれだけではなく、「「流人となれるえわの子供」、あらゆる人間の心」」の光が宿っていたのです。このおぎんの眼に説得された孫七はとうとう堕落し、いんへるの(地獄)へ落ちることを決意します。
後世、この物語は、キリスト教の人々があった受難のうちでも、最も恥ずべき躓きとして残りました。そして悪魔はその夜、それを嬉々として大きな書物に化けて夜中刑場を飛んだといいます。ですが、それほど喜ぶほどのものであったのか、著者は懐疑的だというのです。
この作品では、〈キリスト教としての教えに背いたが故に、かえって自分の中に信仰の光を宿した、ある少女〉が描かれています。
この作品が動きはじめるのは、言うまでもなくおぎんの下記の一言からです。
「わたしはおん教を捨てる事にしました。」
この一言を聞いた時、人々は大きく動揺しました。キリスト教を信仰する人々にとって、信仰を守る為に死んでいくことは、生きていくこと以上に誉れであり、死後の幸福が約束されているのです。そしてそれはいかなる理由があっても背くことがあってはならず、信仰を捨てればいんへるの、つまり地獄へ行くことになっています。ですから孫七たちはおぎんのこの一言を聞いた時、真っ先に悪魔からの誘惑を疑い、必死で彼女を説得しようとしたのでした。
ですが、おぎんのこの意思決定は、生みの親を思ってのことだったのです。と言いますのも、彼女の生みの両親は仏教を信仰していました。無論、これはおぎんたちにとって、間違った信仰の対象であり、死後彼らはいんへるのへ堕ちたと考えられています。ですからおぎんは、いんへるのに堕ちた父母の事を想うと、どうしても一人だけはらいそへ行く気にはなれなかったのです。しかしその一方で、育ての親である孫七やおすみが死ぬ運命にあるにも拘わらず、自分だけ生きていても、二人に申し訳がたちません。そこで彼女は一度信仰捨てた後、自分も死ぬ事を決意したのです。
このおぎんの双方の親を想う気持ちに心打たれたのは、じょあんなおすみでした。彼女はおぎんの決意を聞くと、涙を流しはじめます。無論、これらかはらいそへ行こうという者にとっては、あってはならぬ事です。そんな妻を見て、孫七の心も揺らぎはじめます。命を賭して自分の信仰の正しさを知らしめていこうとしている一方で、養女が生みの親と育ての親、両方の事を想った上で信仰を捨てると言っているのです。恐らく孫七にとって、どちらが正しいものであるか、判断がつかなかった事でしょう。そして彼はふと、おぎんの方を見ました。その様子が下記にあたります。
いや、もうおぎんは顔を挙げた。しかも涙に溢れた眼には、不思議な光を宿しながら、じっと彼を見守っている。この眼の奥に閃いているのは、無邪気な童女の心ばかりではない。「「流人となれるえわの子供」、あらゆる人間の心」である。
「お父様! いんへるのへ参りましょう。お母様も、わたしも、あちらのお父様やお母様も、――みんな悪魔にさらわれましょう。」
孫七はおぎんのこの眼を見て堕落を決意したことが推察されます。一体その眼には、おぎんのどういった信仰、態度が示されていたのでしょうか。それはおぎんとそれまでの孫七やおすみの信仰のあり方と比較することで読み解けれるはずです。
二人の信仰というものは、ただ経典に書かれたキリスト教としての教えを守るという、その一点に過ぎません。それだけを長い間続けてきた彼らはただ教えに従っていれば、自分たちの信仰を貫いたということになります。言わば彼らの信仰は、経典という、彼らの外側にあったことになります。
一方、おぎんの信仰というものはどういったものだったのでしょうか。「生みの親と育ての親を命をかけて大切にしなさい」などということは、恐らくどの経典にも載ってはいません。
ここからは私の憶測になるのですが、育ての親と死別したおぎんは、孫七たちからキリスト教の洗礼を受けて以来、間違った信仰をしていた生みの親に対し、憐れみが何処かしらにあったのでしょう。そして信仰を学んでいく中でその想いは大きくなっていき、いよいよ自分の死が目前となった時、おん教を捨てるという表現として表れてきたのです。これは言わば外側から与えられた解答などではなく、自分の内側から出てきた小さな問題意識が童女の中で時間をかけて育まれ、新たな、別の信仰めいたものとして出てきたのでしょう。著者がおぎんの眼を、「「流人となれるえわの子供」、あらゆる人間の心」と表現したのもその為です。
そして孫七もおぎんの眼を見た時、自然と自分の信仰とおぎんの信仰を比較し、おぎんの信仰の強さを眼から感じ取り、いんへるのへ向かう決意を固めていったのでした。
信仰とは、ただ教えを守ることだけではなく、自分がそれまで向き合ってきた問題に対し答えを出し、それに忠実に従う事も指すのです。
2015年3月1日日曜日
橇ー黒島伝治(未完成)
日露戦争時、日本軍は雪が降るシベリアの地を攻略するため、地元の馭者達を利用しました。日本人は彼らに、少し荷物を運ぶだけだからと嘘をついて、自分たちと共に戦地へと赴かせたのです。こうした依頼には、馭者の1人である「イワン」も警戒はしたものの、結局はお金と彼らの話術によって騙されてしまいました。
一方日本軍側では、兵卒である「吉原」は、大隊長や戦争について、いくらか疑問を感じていました。彼は大隊長のお世話をする、従卒をした経験から、将校が食べる食事と兵卒のそれとには大きな違いがあることを知っていたのです。また吉原は自分の容姿が大隊長の眼鏡に適ったことから、従卒に抜擢されたことも知っており、将校達にこれほどの権限が本当にあるのかと考えるようになっていったのでした。
また、家畜を徴発されたシベリアの農家の人々や戦争に巻き込まれて死ななければならなかったシベリアの人々に同情し、一体何の為の戦争なのかを考えずにはいられなくなっていきます。
そしてそんな馭者と日本軍は、いよいよロシア軍と交戦します。激しい戦闘が一時間ほど続いた後、日本軍は勝利しました。
しかし、吉原は戦争に巻き込まれて無残にも自軍によって殺されてしまった子父を見て、
「戦争をやっとるのは俺等だよ。」
と言って、他の兵卒と共に戦争を放棄しようとします。
しかしそれを知った大隊長は、吉原が拍車を錆びさせたこと、自身が大佐の娘に熱中していることを言いふらしたこと等の私怨から、「不軍記な!何て不軍記な!」と言って、彼を痛めつけます。
一方それを見ていたイワンは、戦慄し、日本軍に騙され憤慨している他の馭者たちと共にその場を去ってしまいます。取り残された大隊長はそれを部下の不注意のせいにしました。ところが、兵卒は兵卒で、捨て駒として彼らをシベリアに寄越した者の手先となって、彼らを酷使した大隊長に自然と銃剣を誰もが突きつけたのです。
一方日本軍側では、兵卒である「吉原」は、大隊長や戦争について、いくらか疑問を感じていました。彼は大隊長のお世話をする、従卒をした経験から、将校が食べる食事と兵卒のそれとには大きな違いがあることを知っていたのです。また吉原は自分の容姿が大隊長の眼鏡に適ったことから、従卒に抜擢されたことも知っており、将校達にこれほどの権限が本当にあるのかと考えるようになっていったのでした。
また、家畜を徴発されたシベリアの農家の人々や戦争に巻き込まれて死ななければならなかったシベリアの人々に同情し、一体何の為の戦争なのかを考えずにはいられなくなっていきます。
そしてそんな馭者と日本軍は、いよいよロシア軍と交戦します。激しい戦闘が一時間ほど続いた後、日本軍は勝利しました。
しかし、吉原は戦争に巻き込まれて無残にも自軍によって殺されてしまった子父を見て、
「戦争をやっとるのは俺等だよ。」
と言って、他の兵卒と共に戦争を放棄しようとします。
しかしそれを知った大隊長は、吉原が拍車を錆びさせたこと、自身が大佐の娘に熱中していることを言いふらしたこと等の私怨から、「不軍記な!何て不軍記な!」と言って、彼を痛めつけます。
一方それを見ていたイワンは、戦慄し、日本軍に騙され憤慨している他の馭者たちと共にその場を去ってしまいます。取り残された大隊長はそれを部下の不注意のせいにしました。ところが、兵卒は兵卒で、捨て駒として彼らをシベリアに寄越した者の手先となって、彼らを酷使した大隊長に自然と銃剣を誰もが突きつけたのです。
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