2014年11月26日水曜日

未亡人ー豊島与志雄

 政界の黒幕であった故守山氏の夫人、千賀子は、ひょんなことから懐に50万入ってきた事で、自身も夫の後を継ぐ形で政界への進出を考えはじめます。そして党の首領株の1人たる大塚夫人から、「我が党の勝利は眼に見えているそうですよ。」という一言を聞き、徐々にその思いを強くしていくのです。
 そして夫人の言葉に気を良くした千賀子は、若い青年をたらし込み、自分の代わりに政治の勉強をさせようとしたり、家の書生や女中を呼び出して政治家になる決意を表明ました。
 しかし宣言をしたものの、何をして良いのか分からぬ彼女は、取り敢えず夫の墓参りに行くことにします。そして手を合わせ目を瞑った途端、彼女の心中に代議士に当選することや夫の助力に頼ることなどの祈りはなく、ただ白痴のように何に対しても無関心だったというのです。
 やがてそうしてすっきりした千賀子は、活動、活動とこれからの事を思い、瞳を複雑に濁らせていったのでした。

 この作品では、〈夫の死を受け入れようとすればする程、かえって嘘で周りを塗り固めなければならなかった、ある未亡人〉が描かれています。

 墓参りをした時の千賀子について、本文では下記のように表現されています。

 その時あなたは何を祈りましたか。(中略)言い換えれば、何の考えも持っていませんでした。その無関心のあなたは、りっぱでしたよ。すっきりしていました。
 ――まるで白痴のように……。
 そうです、すっきりした白痴、そんなものがあったら、どんなにか美しいことでしょう。

 こうした表現には、夫が死んだことに対して、また自分が夫の後を都合としている現実に対して、未だ実感が持てずにいる彼女の心情が読み取れます。ですが、いつまでも白痴の儘ではいられないのは、時間は無情にも過ぎ去っていくからに他なりません。そして千賀子にとって、恐らく手元には夫の残したお金と人脈、政界での立場しか残されていなかったのでしょう。
 ですから彼女は、白痴のように何もない自分に夫の仕事を継ぐという使命を課せ、その死を受け入れようとしたのです。だからこそ彼女は、自分の気持ちを一度確認した上で、本心では思っていなかった政界の参入を再び決意しなければならなかったのでした。

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