越後国蒲原郡新発田(かんばらごおりした)の城主、溝口伯耆守(ほうきのかみ)の家来、鈴木忠次郎、忠三郎の兄弟は、敵討の旅に出てから、八年ぶりに仇人を発見することができました。ですが、不運にも彼らが敵を討つ前に、仇人は死んでしまいます。そして彼らはそれ以来、世間の人々の非難の的となってしまいます。
一方、そんな彼らの避難の声もおさまってきた頃、彼らと同じ藩士である、久米幸太郎兄弟が三十余年の時を経て仇討ちに成功し、帰還してきました。そしてその十日後、兄弟の帰還を祝う酒宴が親族縁者によって開かれることとなりました。そして不幸にも、仇討ちに失敗した鈴木兄弟は久米家とは遠い縁者に当たっていました。当然ながら兄弟はその席に行きたくはありませんでしたが、そうなればまた世間の非難の的になると考えた忠次郎は、しぶしぶ参加しました。
その当日、夜が更け客が減りだした頃、幸太郎は忠次郎からも盃を注いで欲しいと申し出てきます。そして、幸太郎は彼からもらった酒を快く飲むと、真摯な同情を含んで、「御無念のほどお察し申す」と述べました。これには忠次郎も思わず無念の涙を流しながら、「なんという御幸運じゃ、それに比ぶれば、拙者兄弟はなんという不運でござろうぞ。敵をおめおめと死なせた上に、あられもない悪評の的になっているのじゃ」と言いました。すると、幸太郎は「何を仰せらるるのじゃ。一旦、敵を持った者に幸せな者がござろうか。御身様などは、まだいい。御身様は、物心ついた七歳の時から四十七歳の今日まで、人間の定命を敵討ばかりに過した者の悲しみを御存じないのじゃ」と言い、やがては互いに目を見合わしたまま涙を流し合いました。
この作品では、〈過程を重視した為に相手の気持ちが正しく理解できた、ある討人〉が描かれています。
まず、この作品での鈴木兄弟の仇討に対する見方は2つに分かれています。一つは仇討に失敗したことを非難する、世間的な見方。もうひとつは彼らに同情をよせている幸太郎の見方。では、この2つの見方には、それぞれどのような違いがあるのでしょうか。
まず兄弟を非難している世間的な見方の方ですが、彼らは「鈴木兄弟が仇討ちに失敗した」という結果だけを見て、あれこれと非難しています。更に彼らはその結果を受けて、「二人は、敵を見出しながら、躊躇して、得討たないでいる間に、敵に死なれた」、「兄弟は、敵討に飽いたのだ。わずか八年ばかりの辛苦で復讐の志を捨ててしまったのだ。」と、その失敗の過程まで想像しています。言わば世間の見方の順序としては事実とは逆の流れで考えられており、結果が先にあり、過程はその後にあります。その結果、彼らは兄弟の気持ちを正しく読み取る事が出来ず、単なる解釈になってしまったのです。(余談ですが、これは現代を生きる私達の日常にもよくある見方ではないでしょうか。例えば、スポーツ等で自分が応援しているチームが試合に負けてしまい、悔しさのあまり大人げなく怒りを露わにする人々がいます。また逆に、次の日に試合に勝つと、「いや、今日の◯◯はよかった。」などと、急に評価を一転するような発言をすることがあります。こうした見方も同じで、やはり結果から見ているからこそ、昨日と今日でものごとの評価が一転してしまっているのです。)
一方、幸太郎の見方はどうだったでしょうか。彼は「御身様などは、まだいい。御身様は、物心ついた七歳の時から四十七歳の今日まで、人間の定命を敵討ばかりに過した者の悲しみを御存じないのじゃ」という台詞からも理解できるように、過程的なところを中心に見て相手を評価しています。つまり彼らは事実の流れと同じく、過程を先に考えた為、兄弟の気持ちを正しく読み取る事ができたのです。やはり事実を正しく読み取るためには、事実と同じ流れで物事を考える事が重要なのです。
2012年2月28日火曜日
2012年2月26日日曜日
仇討三態・その一ー菊池寛
父親を殺され、復讐を誓い長年旅をしてきた討人、惟念は母親が死んだことを知らされて恐ろしい空虚におそわれます。そしてその事をきっかけに、彼は浪華に近い曹洞の末寺に入って僧になりました。
一年後、ある時彼は薪作務(農作業、清掃等の作業のこと)を行なっていると、仇人と同じ紋のはいった羽織を着た老僧を見かけます。更にその老僧には、仇人と同じ箇所に刀傷があり、これらを見た惟念は再び復讐の炎を燃やしはじめます。ですが今の彼は僧の身であり、人を殺すことはできず、仇人が見つかったからといって再び俗世に戻ることにも抵抗を感じている様子。そこで彼は自ら仇人に自分の身の上を打ち明けて、道心の勝利を誓うことにしました。ところが仇人は惟念に対して、しきりにここで復讐することをすすめてきます。ですが、彼はぐっと自分の気持ちを抑えて、その誘惑に打ち勝つことができました。
その晩、惟念はその仇人によって命を狙われてしまいます。ですが、彼は防ごうとも逆にそれを討ち取ろうともいう気にもなれず、ただ自分を信用していない彼を憐れむばかりでした。そしてただ一言、「愚僧は宵より、右肩を下につけ、疲れ申す。寝返りを許されい!」と仇人に告げます。結局、仇人は彼を手にかけず、その翌日に寺から逃げ出しました。
この物語では、〈他人に誓いを立ててしまった為に、かえって他人の信用を失ってしまった、ある僧〉が描かれています。
この物語の面白いところは惟念が自分の身の上を仇人に打ち明けたことにより、二人の心情が大きく揺れ動いていくところにあります。まず惟念の方ですが、彼は自分の復讐の心をなんとか抑えてはいるものの、彼は今後の自分の行動に自信が持てず、いつか仇人を手にかけてしまうのではないかとう不安を感じはじめています。そこで自分を信用出来ない彼は、仇人に仇討ちをしないことを宣言することで、仇人に対して誓いをたてることにしました。こうして自分以外の誰かに自分の行動を見てもらいプレッシャーをかけることで、惟念はその決意を確固たるものにしていったのです。
ですが、一方の仇人の方はどうでしょうか。仇人は惟念の身の上を聞いた後、あたかも彼の心の中を見透かしたように、「我らを許して安居を続けられようとも、現在親の敵を眼前に置いては、所詮は悟道の妨げじゃ。妄執の源じゃ。心事の了畢
などは思いも及ばぬことじゃ。」と述べています。恐らく、仇人は惟念が何故自分に身の上を明かしたのかを理解していたのでしょう。そして当然ながら、自分の事を信用していない者から自分を信用してくれと言われても、信用出来ないのは無理もない話です。こうして仇人は惟念に対する疑いの心を募らせていき、彼を殺そうという気持ちにまで至ったのです。
一年後、ある時彼は薪作務(農作業、清掃等の作業のこと)を行なっていると、仇人と同じ紋のはいった羽織を着た老僧を見かけます。更にその老僧には、仇人と同じ箇所に刀傷があり、これらを見た惟念は再び復讐の炎を燃やしはじめます。ですが今の彼は僧の身であり、人を殺すことはできず、仇人が見つかったからといって再び俗世に戻ることにも抵抗を感じている様子。そこで彼は自ら仇人に自分の身の上を打ち明けて、道心の勝利を誓うことにしました。ところが仇人は惟念に対して、しきりにここで復讐することをすすめてきます。ですが、彼はぐっと自分の気持ちを抑えて、その誘惑に打ち勝つことができました。
その晩、惟念はその仇人によって命を狙われてしまいます。ですが、彼は防ごうとも逆にそれを討ち取ろうともいう気にもなれず、ただ自分を信用していない彼を憐れむばかりでした。そしてただ一言、「愚僧は宵より、右肩を下につけ、疲れ申す。寝返りを許されい!」と仇人に告げます。結局、仇人は彼を手にかけず、その翌日に寺から逃げ出しました。
この物語では、〈他人に誓いを立ててしまった為に、かえって他人の信用を失ってしまった、ある僧〉が描かれています。
この物語の面白いところは惟念が自分の身の上を仇人に打ち明けたことにより、二人の心情が大きく揺れ動いていくところにあります。まず惟念の方ですが、彼は自分の復讐の心をなんとか抑えてはいるものの、彼は今後の自分の行動に自信が持てず、いつか仇人を手にかけてしまうのではないかとう不安を感じはじめています。そこで自分を信用出来ない彼は、仇人に仇討ちをしないことを宣言することで、仇人に対して誓いをたてることにしました。こうして自分以外の誰かに自分の行動を見てもらいプレッシャーをかけることで、惟念はその決意を確固たるものにしていったのです。
ですが、一方の仇人の方はどうでしょうか。仇人は惟念の身の上を聞いた後、あたかも彼の心の中を見透かしたように、「我らを許して安居を続けられようとも、現在親の敵を眼前に置いては、所詮は悟道の妨げじゃ。妄執の源じゃ。心事の了畢
などは思いも及ばぬことじゃ。」と述べています。恐らく、仇人は惟念が何故自分に身の上を明かしたのかを理解していたのでしょう。そして当然ながら、自分の事を信用していない者から自分を信用してくれと言われても、信用出来ないのは無理もない話です。こうして仇人は惟念に対する疑いの心を募らせていき、彼を殺そうという気持ちにまで至ったのです。
ある恋の話ー菊池寛
著者はある時、自身の妻の祖母から誰にも打ち明けた事のない、恋の話を聞かされることとなります。というのも、彼女はそもそも借金の抵当といった形で酷い男と結婚し、死別したという経験から、男という生き物から一線を引いている節がありました。ところが、ある時彼女は染之助という役者の舞台を見たことをきっかけに、彼に恋をしてしまいます。さて、彼女は彼のどういったところに惹かれていったのでしょうか。
この作品では、〈表現と表現者を区別しつつも、それらの関係性に目を向けずにはいられなかった、ある町女房〉が描かれています。
まず、上記のように祖母は染之助に恋をしたはいいものの、ある日を境に彼女は彼に幻滅してしまいます。祖母は舞台以外での、実際に生活している彼の姿を目の当たりにした時、彼を「少しどす黒い頬のすぼんだ、皮膚のカラカラした小男」と嫌悪したのです。この体験から彼女は、自分は「染之助と云うような役者ではなく、染之助が扮している三浦之介とか勝頼とか、重次郎とか、維盛とか、ああした今の世には生きていない、美しい凛々しい人達」に恋をしていたのだと考えるようになっていきました。つまり、彼女は彼そのものではなく、染之助が表現している人物たちに恋をしていたのです。
ですがそうは理解しつつも、染之助の一座が上方へ帰る事になると、これまで彼との現実的な関わり合いを拒んでいた彼女も、「今まで自分の眼の前にあった華やかなまぼろしが、一度に奪い去られるような淋しさ」から、彼からの袱紗包を受け取ることにしたのです。更に、その中に入っていた手紙を読んで、彼に会いに行ったというではありませんか。一体これはどういうことでしょうか。
確かに彼女は、染之助そのものではなくて、彼が表現している役を好んでいたのは事実です。そして、それは彼女の中で舞台と現実との間にある境界によって区別されていました。ですが、彼がその土地を去ろうという時、その境界にヒビがはいってしまいます。何故なら、舞台の中の染之助と現実の染之助とは、彼女の中で区別され独立はしているものの、結局は舞台の役をつくっている人物は現実の彼そのものな訳ですから、当然彼がその場を去れば、自然と舞台の彼も姿を消してしまうことになります。だからこそ、彼女は自身がつくった境界の間で心揺らぎ、彼に会うことを決心していったのです。まさに、表現者と表現とは独立はしているものの、一方ではある繋がりを持っていると言えるでしょう。
この作品では、〈表現と表現者を区別しつつも、それらの関係性に目を向けずにはいられなかった、ある町女房〉が描かれています。
まず、上記のように祖母は染之助に恋をしたはいいものの、ある日を境に彼女は彼に幻滅してしまいます。祖母は舞台以外での、実際に生活している彼の姿を目の当たりにした時、彼を「少しどす黒い頬のすぼんだ、皮膚のカラカラした小男」と嫌悪したのです。この体験から彼女は、自分は「染之助と云うような役者ではなく、染之助が扮している三浦之介とか勝頼とか、重次郎とか、維盛とか、ああした今の世には生きていない、美しい凛々しい人達」に恋をしていたのだと考えるようになっていきました。つまり、彼女は彼そのものではなく、染之助が表現している人物たちに恋をしていたのです。
ですがそうは理解しつつも、染之助の一座が上方へ帰る事になると、これまで彼との現実的な関わり合いを拒んでいた彼女も、「今まで自分の眼の前にあった華やかなまぼろしが、一度に奪い去られるような淋しさ」から、彼からの袱紗包を受け取ることにしたのです。更に、その中に入っていた手紙を読んで、彼に会いに行ったというではありませんか。一体これはどういうことでしょうか。
確かに彼女は、染之助そのものではなくて、彼が表現している役を好んでいたのは事実です。そして、それは彼女の中で舞台と現実との間にある境界によって区別されていました。ですが、彼がその土地を去ろうという時、その境界にヒビがはいってしまいます。何故なら、舞台の中の染之助と現実の染之助とは、彼女の中で区別され独立はしているものの、結局は舞台の役をつくっている人物は現実の彼そのものな訳ですから、当然彼がその場を去れば、自然と舞台の彼も姿を消してしまうことになります。だからこそ、彼女は自身がつくった境界の間で心揺らぎ、彼に会うことを決心していったのです。まさに、表現者と表現とは独立はしているものの、一方ではある繋がりを持っていると言えるでしょう。
2012年2月23日木曜日
仇討禁止令ー菊池寛
幕末の時代、当時徳川宗家と親しい間柄であった高松藩では、幕府存続派と朝廷帰順派に分かれて議論が行われていました。ですが、成田頼母率いる幕府存続派の圧倒的な勢力によって、藩のあり方もそちらに傾いている様子。そこで、朝廷派の小泉主膳とその有志達は、ある晩頼母の首を打ち取ることを決意します。その中にいた天野新一郎という男は、成田家と親しい間柄にあり、頼母の長男、万之助は彼を慕っており、娘のお八重とは結納が取り交わされていました。彼もその事に関しては辛いものを感じてはいますが、同時に大義の前では仕方がない事だとも考えていました。やがて、彼らは見事成田頼母の首を打ち取る事に成功します。ですが、この出来事が後の新一郎を一生苦しめる事となってしまうのです。
この作品では、〈夢を追い求めるあまり、かえって自らの倫理によって身を滅ぼしてしまった、ある男〉が描かれています。
まず、上記の一般性をより理解する為に、その後の物語を新一郎の心情を中心にして追っていきましょう。
その後彼は頼母を殺した事に耐えかねて、成田家からやがて足を遠ざけてしまいます。ですが、これは何も殺人そのものに罪悪を感じているわけではありません。むしろ頼母を殺した事は大義、つまり自分の夢を実現するにあたって致し方ない事だったと考えています。では新一郎は一体何に耐え切れなくなり、成田家を離れていったのでしょうか。それは、頼母の息子娘である、万之助、お八重の彼に対する扱いに他なりません。というのも、新一郎の倫理で考えれば、自身の夢の為致し方ないとは言え、自分は彼らの父を殺した身であり、彼らに憎まれる事は仕方のない事だと考えていました。ですが、その一方で弟は父を殺した相手を憎みながらも彼を慕っていますし、姉は彼を愛してすらいるのです。こうした扱いからくる矛盾が彼を苦しめる為に、新一郎は姉弟のもとを離れなければならなかったのです。
しかし、そんな彼の思いなどいざ知らず、姉弟は彼がその身を置いている東京へと向かい、やがて彼の厄介になります。そして、彼らは単に新一郎をたよって上京してきた訳ではありません。姉のお八重は彼恋しさに、弟の万之助に至ってはなんと父の仇を打つために彼のもとを訪れたというではありませんか。ですが、「新日本の民法刑法などの改革に、一働きしたい野心もあった。」という一文からも理解できるように、彼にはまだ夢があります。そこで彼は自身の倫理観からくる苦しさに耐えながらも、どうにか弟の復讐心だけでも改心させることで、少しでもその苦しさから逃れようと考えます。当初彼は仇討禁止令が出れば、万之助も復讐を諦めるだろうと考えていた節があります。ですが彼の決意は固く、仇討が禁止されて自分の命と引き替えになってでも、敵を打つことを新一郎に伝えます。そして、この決意が彼の心を更に苦しめ、やがて不治の病へと追いやってしまいます。そして、彼は自分の命を限界を知り、これ以上は夢を追えないことを理解すると、自害してはじめて自分の倫理に従い、遺書に全てを書き記したのでした。
この作品では、〈夢を追い求めるあまり、かえって自らの倫理によって身を滅ぼしてしまった、ある男〉が描かれています。
まず、上記の一般性をより理解する為に、その後の物語を新一郎の心情を中心にして追っていきましょう。
その後彼は頼母を殺した事に耐えかねて、成田家からやがて足を遠ざけてしまいます。ですが、これは何も殺人そのものに罪悪を感じているわけではありません。むしろ頼母を殺した事は大義、つまり自分の夢を実現するにあたって致し方ない事だったと考えています。では新一郎は一体何に耐え切れなくなり、成田家を離れていったのでしょうか。それは、頼母の息子娘である、万之助、お八重の彼に対する扱いに他なりません。というのも、新一郎の倫理で考えれば、自身の夢の為致し方ないとは言え、自分は彼らの父を殺した身であり、彼らに憎まれる事は仕方のない事だと考えていました。ですが、その一方で弟は父を殺した相手を憎みながらも彼を慕っていますし、姉は彼を愛してすらいるのです。こうした扱いからくる矛盾が彼を苦しめる為に、新一郎は姉弟のもとを離れなければならなかったのです。
しかし、そんな彼の思いなどいざ知らず、姉弟は彼がその身を置いている東京へと向かい、やがて彼の厄介になります。そして、彼らは単に新一郎をたよって上京してきた訳ではありません。姉のお八重は彼恋しさに、弟の万之助に至ってはなんと父の仇を打つために彼のもとを訪れたというではありませんか。ですが、「新日本の民法刑法などの改革に、一働きしたい野心もあった。」という一文からも理解できるように、彼にはまだ夢があります。そこで彼は自身の倫理観からくる苦しさに耐えながらも、どうにか弟の復讐心だけでも改心させることで、少しでもその苦しさから逃れようと考えます。当初彼は仇討禁止令が出れば、万之助も復讐を諦めるだろうと考えていた節があります。ですが彼の決意は固く、仇討が禁止されて自分の命と引き替えになってでも、敵を打つことを新一郎に伝えます。そして、この決意が彼の心を更に苦しめ、やがて不治の病へと追いやってしまいます。そして、彼は自分の命を限界を知り、これ以上は夢を追えないことを理解すると、自害してはじめて自分の倫理に従い、遺書に全てを書き記したのでした。
2012年2月21日火曜日
青木の出京ー菊池寛
最近になって世間からその才能を認められはじめてきたもの書き、雄吉はかつての畏友、青木との再会を果たします。ですが、彼らには並々ならぬ因縁があるらしく、目を合わせるなり、一方は怒りと恐怖を、もう一方はそれに対する反抗と憐憫を感じている様子。一体、彼らの過去に何があったのでしょうか。
事のはじまりは、彼らが高等学校に在学している時のことです。当時、雄吉は勉学に優れており、極度に高慢な態度をとる青木に、異常なまでの尊敬の目を向けていました。しかし青木の実家が破産した為に、彼は金銭的な支援を受けれなくなってしまいます。そこで雄吉は、自分が書生として住まわせてもらっている、近藤家の主人に彼の救済を頼みました。こうして、青木は雄吉と共に近藤の家で起臥することになりました。
そんなある日、雄吉は青木から百円の小切手を受け取り、現金を引き出す事を頼まれます。実はこの小切手は近藤の主人のものなのですが、青木は自分の仕事によって稼いだものなのだと言って彼にそれを渡しました。しかし後にこれは近藤の主人にばれてしまいます。ですが、雄吉はまたしても青木への尊敬の念から、全ての責任をかぶり、近藤の家を去っていきました。ところが、青木はその後も近藤家の貴金属を持ちだして、家を追い出されてしまい、彼の好意を踏みにじってしまいます。
以来、雄吉は青木に対して並々ならぬ憎しみを抱いているのです。ですが、一方の青木も雄吉に何処か挑戦的なところがあり、やがては彼よりも精神的に優位に立っていきます。一体、何故雄吉は青木に圧倒されていったのでしょうか。
この作品では、〈自らすすんで恩を売った為に、かえって仇で返されなければならなかった、ある男〉が描かれています。
まず、この作品の問題を紐解く為に、雄吉と青木の力関係を整理しながら作品を振り返っていきましょう。
もともと、雄吉は自分よりも勉学に優れていた青木に対して、狂信的と言って良い程の尊敬の念を抱いていました。彼は青木の為ならどんな事でも、例え自分に見返りがなかったとしても彼に尽くしていました。一方の青木は、彼を無論対等とは見ておらず、寧ろ彼を見下していました。この時、青木は雄吉よりも力が上だということになります。
ところが、青木の悪事が近藤の主人にばれて、雄吉が青木に変わって自分が全ての罪をかぶろうとする場面から、この力関係は逆転していってしまいます。この時、雄吉の心には彼への同情と、これまで自分を見下していた青木が自分に哀願している快感とがありました。やがて、彼のこうした快感は膨れ上がり、「俺は貴様の恩人だぞ、貴様の没落を救ってやった恩人だぞ。俺のいうことに文句はあるまいな」と、彼は恩を武器に青木に対して高慢な態度をとるようになっていきました。では、青木の方はどうだったでしょうか。恐らく、雄吉の申し出を受け入れた時は良かったのでしょうが、その後の雄吉の態度は元来高慢な彼にとって、とても堪えられるものではなかったことでしょう。彼に対して謙っている一方で、屈辱を感じていたに違いありません。ですが、雄吉に恩がある限り、青木は彼に対して優位に立つ事はできません。だからこそ、彼は雄吉への恩を仇で返し、その立場を一度元に戻す必要があったのです。まさに雄吉は自ら進んで恩を売った為に、青木に仇で返されるという災難を自ら招いてしまったのです。
そして六年経った今でも、雄吉がその当時の裏切りに対して怒りを感じているのと同じく、青木も彼に屈辱を与えられた事を根に持っており、彼を追い詰めていったのです。
事のはじまりは、彼らが高等学校に在学している時のことです。当時、雄吉は勉学に優れており、極度に高慢な態度をとる青木に、異常なまでの尊敬の目を向けていました。しかし青木の実家が破産した為に、彼は金銭的な支援を受けれなくなってしまいます。そこで雄吉は、自分が書生として住まわせてもらっている、近藤家の主人に彼の救済を頼みました。こうして、青木は雄吉と共に近藤の家で起臥することになりました。
そんなある日、雄吉は青木から百円の小切手を受け取り、現金を引き出す事を頼まれます。実はこの小切手は近藤の主人のものなのですが、青木は自分の仕事によって稼いだものなのだと言って彼にそれを渡しました。しかし後にこれは近藤の主人にばれてしまいます。ですが、雄吉はまたしても青木への尊敬の念から、全ての責任をかぶり、近藤の家を去っていきました。ところが、青木はその後も近藤家の貴金属を持ちだして、家を追い出されてしまい、彼の好意を踏みにじってしまいます。
以来、雄吉は青木に対して並々ならぬ憎しみを抱いているのです。ですが、一方の青木も雄吉に何処か挑戦的なところがあり、やがては彼よりも精神的に優位に立っていきます。一体、何故雄吉は青木に圧倒されていったのでしょうか。
この作品では、〈自らすすんで恩を売った為に、かえって仇で返されなければならなかった、ある男〉が描かれています。
まず、この作品の問題を紐解く為に、雄吉と青木の力関係を整理しながら作品を振り返っていきましょう。
もともと、雄吉は自分よりも勉学に優れていた青木に対して、狂信的と言って良い程の尊敬の念を抱いていました。彼は青木の為ならどんな事でも、例え自分に見返りがなかったとしても彼に尽くしていました。一方の青木は、彼を無論対等とは見ておらず、寧ろ彼を見下していました。この時、青木は雄吉よりも力が上だということになります。
ところが、青木の悪事が近藤の主人にばれて、雄吉が青木に変わって自分が全ての罪をかぶろうとする場面から、この力関係は逆転していってしまいます。この時、雄吉の心には彼への同情と、これまで自分を見下していた青木が自分に哀願している快感とがありました。やがて、彼のこうした快感は膨れ上がり、「俺は貴様の恩人だぞ、貴様の没落を救ってやった恩人だぞ。俺のいうことに文句はあるまいな」と、彼は恩を武器に青木に対して高慢な態度をとるようになっていきました。では、青木の方はどうだったでしょうか。恐らく、雄吉の申し出を受け入れた時は良かったのでしょうが、その後の雄吉の態度は元来高慢な彼にとって、とても堪えられるものではなかったことでしょう。彼に対して謙っている一方で、屈辱を感じていたに違いありません。ですが、雄吉に恩がある限り、青木は彼に対して優位に立つ事はできません。だからこそ、彼は雄吉への恩を仇で返し、その立場を一度元に戻す必要があったのです。まさに雄吉は自ら進んで恩を売った為に、青木に仇で返されるという災難を自ら招いてしまったのです。
そして六年経った今でも、雄吉がその当時の裏切りに対して怒りを感じているのと同じく、青木も彼に屈辱を与えられた事を根に持っており、彼を追い詰めていったのです。
2012年2月19日日曜日
船医の立場(修正版2)
日本がまだ鎖国政策をとっている時代、武士である吉田寅次郎と金子重輔は、どうにかしてアメリカ船に乗り込もうと苦心していました。彼らの目的は、そうしてアメリカに渡る事でその技術を学び、日本からアメリカ人を追い払うことにあるのです。そして数々の苦難の末、彼らは漸くアメリカ船、ポウワタン船へ入船するこに成功します。
一方、そのポウワタン船では、この日本人二人をめぐって激しい議論が展開されていました。というのも、彼らのアメリカに対する熱意に感心した副艦長、ゲビスは是非とも彼らをアメリカに招くべきだと主張する一方、提督であるペリーをはじめとするその他の人々はこの意見に反対していたのです。しかしそれでもゲビスは諦めず、彼らはここで自分たちが断れば、日本の厳しい法律によって死ぬことになる事を覚悟して乗り込んでいるのだが、それでも何か感じるところはないのかとペリーらに問いかけます。そしてこの彼の熱弁は、次第に周りの人々の心を動かしはじめます。ですが、船医であるワトソンの次の一言がその流れを変えました。彼は日本人の一人が皮膚病を患っている事を思い出し、その病気が未知数のものである以上、医師として乗船は許可できないと言いました。これには流石のゲビスも言葉を失い、アメリカ人達は日本人達を下船させることにしました。
ですが、実際にその日本人達の処刑の一端を見たアメリカ人達は、改めて彼らに関して検討し、提督であるペリーはその時の自分の判断を反省して、彼らを全力をもって助けると意気込み出します。一方、船医であるワトソンだけは悄然として、船の文庫へと歩いて行きました。
この作品では、〈感情を優先できないことに苦しさを感じながらも、結局は立場によってそれを抑えなければならなかった、ある船医〉が描かれています。
では、この作品のテーマにもなっている船医ワトソンの心情をより深く理解する為に、もう一度二人の日本人に関するアメリカ人達の議論を振り返ってみましょう。まず、副艦長のゲビスは二人の日本人達の熱誠に心打たれ、アメリカへと連れて帰るべきだと主張していました。言わば彼は自身の感情にそのまま従ったことになります。そして、このゲビスが感じていた日本人に対する思いというものは、他の人々も大なり小なり持っていました。しかし、ペリー提督をはじめとするゲビス以外の人々は、日本人達を受け入れる事は日本政府を刺激する事でもあり、日本に開国を求める自分たちの立場としては、それは避けるべきだと述べています。つまりこのアメリカ人達の議論では、彼らの感情を優先する心と立場を優先する心とがせめぎあっているのです。そして、このせめぎあいに終止符を打ったのが、船医ワトソンの一言でした。この彼の放った「彼の青年の一人は不幸にも Scabies impetiginosum に冒されている。それは、わが国において希有な皮膚病である。ことに艦内の衛生にとっては一つの脅威である。」という一言によって、アメリカ人達は日本人達を拒絶する事を決定しました。
ところが、二人の日本人が実際に処刑されている姿を見た途端、彼らは再び自分たちの判断を検討します。その際、提督ペリーは「そうだ。君の感情がいちばん正しかったのだ。」と、立場よりも感情を優先させるべきだった事を認め彼らを日本の法律から救うことを心に決めます。
しかし、医師であるワトソンは提督のようには振る舞えず、心の痛みにも堪える事ができませんでした。彼は医師という立場上、日本人二人に対して重要な決定を下すための決め手を言い放ったにも拘らず、その立場故に彼らの為に出来る事を見い出せずにいたのです。ですが、その一方で日本人達への申し訳なさだけが募っていき、「彼の心には Scabies が、この高貴にして可憐な青年の志望を犠牲にしなければならないほど恐ろしい伝染病であるかどうかが、疑われてきた」と、次第にその時の自分の判断にすら自信が持てなくなっていきます。そこで彼は、せめて医師としての立場に責任を持つために、船の文庫へ向かい自分のその時の判断が正しかったのかどうかを調べる事にしたのです。
一方、そのポウワタン船では、この日本人二人をめぐって激しい議論が展開されていました。というのも、彼らのアメリカに対する熱意に感心した副艦長、ゲビスは是非とも彼らをアメリカに招くべきだと主張する一方、提督であるペリーをはじめとするその他の人々はこの意見に反対していたのです。しかしそれでもゲビスは諦めず、彼らはここで自分たちが断れば、日本の厳しい法律によって死ぬことになる事を覚悟して乗り込んでいるのだが、それでも何か感じるところはないのかとペリーらに問いかけます。そしてこの彼の熱弁は、次第に周りの人々の心を動かしはじめます。ですが、船医であるワトソンの次の一言がその流れを変えました。彼は日本人の一人が皮膚病を患っている事を思い出し、その病気が未知数のものである以上、医師として乗船は許可できないと言いました。これには流石のゲビスも言葉を失い、アメリカ人達は日本人達を下船させることにしました。
ですが、実際にその日本人達の処刑の一端を見たアメリカ人達は、改めて彼らに関して検討し、提督であるペリーはその時の自分の判断を反省して、彼らを全力をもって助けると意気込み出します。一方、船医であるワトソンだけは悄然として、船の文庫へと歩いて行きました。
この作品では、〈感情を優先できないことに苦しさを感じながらも、結局は立場によってそれを抑えなければならなかった、ある船医〉が描かれています。
では、この作品のテーマにもなっている船医ワトソンの心情をより深く理解する為に、もう一度二人の日本人に関するアメリカ人達の議論を振り返ってみましょう。まず、副艦長のゲビスは二人の日本人達の熱誠に心打たれ、アメリカへと連れて帰るべきだと主張していました。言わば彼は自身の感情にそのまま従ったことになります。そして、このゲビスが感じていた日本人に対する思いというものは、他の人々も大なり小なり持っていました。しかし、ペリー提督をはじめとするゲビス以外の人々は、日本人達を受け入れる事は日本政府を刺激する事でもあり、日本に開国を求める自分たちの立場としては、それは避けるべきだと述べています。つまりこのアメリカ人達の議論では、彼らの感情を優先する心と立場を優先する心とがせめぎあっているのです。そして、このせめぎあいに終止符を打ったのが、船医ワトソンの一言でした。この彼の放った「彼の青年の一人は不幸にも Scabies impetiginosum に冒されている。それは、わが国において希有な皮膚病である。ことに艦内の衛生にとっては一つの脅威である。」という一言によって、アメリカ人達は日本人達を拒絶する事を決定しました。
ところが、二人の日本人が実際に処刑されている姿を見た途端、彼らは再び自分たちの判断を検討します。その際、提督ペリーは「そうだ。君の感情がいちばん正しかったのだ。」と、立場よりも感情を優先させるべきだった事を認め彼らを日本の法律から救うことを心に決めます。
しかし、医師であるワトソンは提督のようには振る舞えず、心の痛みにも堪える事ができませんでした。彼は医師という立場上、日本人二人に対して重要な決定を下すための決め手を言い放ったにも拘らず、その立場故に彼らの為に出来る事を見い出せずにいたのです。ですが、その一方で日本人達への申し訳なさだけが募っていき、「彼の心には Scabies が、この高貴にして可憐な青年の志望を犠牲にしなければならないほど恐ろしい伝染病であるかどうかが、疑われてきた」と、次第にその時の自分の判断にすら自信が持てなくなっていきます。そこで彼は、せめて医師としての立場に責任を持つために、船の文庫へ向かい自分のその時の判断が正しかったのかどうかを調べる事にしたのです。
2012年2月14日火曜日
船医の立場(修正版)
日本がまだ鎖国政策をとっている時代、日本人である吉田寅次郎と金子重輔(じゅうすけ)は異国からきた黒船に乗り込む事を計画していました。彼らはそうして船に乗り込み、外国へ渡りその文化を知ることで異人を追い払おうと考えたのです。やがて、彼らは様々な苦難を乗り越えて、黒船に乗り込むことに成功します。
一方彼らが乗り込んだ黒船、ポウワタン船では、彼らを巡って会議が開かれることとなります。副艦長のゲビスは二人の日本人の熱意に動かされて、彼らを受け入れるべきだと主張します。ですが、提督であるペリーと艦長は、彼らを受け入れる事は日本政府を刺激する事になり、開国を求める自分たちの立場を危うくする危険性があると主張するのでした。しかし、それでもゲビスは二人に、この日本人たちは自分たちに追い返されてしまえば処刑される事を覚悟でこの場にいる事を告げます。この彼の主張に二人は何も言えなくなってしまい、提督は苦しまみれに他の者に意見を求めはじめます。すると、船医であったワトソンは、二人の日本人のうち一人が疥癬(しつ)という皮膚病にかかっている事を思い出します。そしてこれはアメリカでは珍しい病気であり、船内での感染は脅威にもなり得るというのです。結局一同は彼の言葉を信じ、二人の日本人を追い返す事にしました。
ところが、彼らは実際に罰せられている彼らの姿を目の当たりにした途端、その時の判断をもう一度検討しはじめます。そして、その決定的な言葉を述べたワトソンは、心の苦痛を抑えるために、文庫の方へ向かっていくのでした。
この作品では、〈感情に振り回される事なく、最後まで自分の立場に責任をもとうとした、ある船医〉が描かれています。
まず、物語の中で、会議に参加したアメリカ人達はある共通した心の悩みを持っていました。それは、自身の感情を優先させて二人の日本人を受け入れるべきか、或いは立場を優先させて彼らを拒絶すべきかということです。この問題に際して、副艦長のゲビスはしきりに己の感情に従い、彼らを受け入れるべきだと考えています。それに対して、提督や船長の意見は、確かに自分たちも日本人達の気持ちは痛いほど感じてはいるが、まずは現実的に自分の立場を考えて行動すべきであると述べています。やがて議論の末、ワトソンの「船医として」の一言が決め手となり、彼らは全員が一応はそれぞれの立場を優先させることとなります。
しかし、その日本人二人が実際に罰せられる一端を見て、彼らは再び上記の問題を考えはじめます。それでは、この時の彼らのそれぞれの反省に注目してみましょう。まず、提督のペリーはこうした現実を知り、「君の(副艦長ゲビスの)感情がいちばん正しかったのだ。君はこれからすぐ上陸してくれたまえ。そして、この不幸な青年たちの生命を救うために、私が持っているすべての権力を用うることを、君にお委せする」と述べています。つまり彼はそれまでの自分の考えを否定し、副艦長の考えを全て採用しようとしています。ここから、彼は感情か立場かと問題に対してどちらか一方を採用し、どちらか一方を切り捨てるべきであるという考え方をしていた事が理解できます。それでは、この問題に対して決定的な言葉を放った人物、船医のワトソンはどうだったでしょうか。彼はこの事実を知ると、誰よりも自らの言葉に責任を感じ、果たしてその時の自分の判断は正しかったのか、もしかしたら日本人が持っていた病気は大した事はなかったのではないか、と自ら審査をはじめます。そうしてその揺れ動きを感情で解決しようとはせず、あくまで「医師として」自分の判断に責任を持つため一人書庫へと向かいます。つまり彼はこの問題に対して、立場は優先すべきものであるが、自身の感情はその立場に支障をきたさなければそれを遂行しても良いと考えています。ワトソンは提督のように、あれかこれかで考えていたのではなく、あくまで自分の立場にかえった上で自分の感情というものを考えており、そう考えているからこそ、他の人物たちよりも一層その問題に対して深く悩んでいるのです。
一方彼らが乗り込んだ黒船、ポウワタン船では、彼らを巡って会議が開かれることとなります。副艦長のゲビスは二人の日本人の熱意に動かされて、彼らを受け入れるべきだと主張します。ですが、提督であるペリーと艦長は、彼らを受け入れる事は日本政府を刺激する事になり、開国を求める自分たちの立場を危うくする危険性があると主張するのでした。しかし、それでもゲビスは二人に、この日本人たちは自分たちに追い返されてしまえば処刑される事を覚悟でこの場にいる事を告げます。この彼の主張に二人は何も言えなくなってしまい、提督は苦しまみれに他の者に意見を求めはじめます。すると、船医であったワトソンは、二人の日本人のうち一人が疥癬(しつ)という皮膚病にかかっている事を思い出します。そしてこれはアメリカでは珍しい病気であり、船内での感染は脅威にもなり得るというのです。結局一同は彼の言葉を信じ、二人の日本人を追い返す事にしました。
ところが、彼らは実際に罰せられている彼らの姿を目の当たりにした途端、その時の判断をもう一度検討しはじめます。そして、その決定的な言葉を述べたワトソンは、心の苦痛を抑えるために、文庫の方へ向かっていくのでした。
この作品では、〈感情に振り回される事なく、最後まで自分の立場に責任をもとうとした、ある船医〉が描かれています。
まず、物語の中で、会議に参加したアメリカ人達はある共通した心の悩みを持っていました。それは、自身の感情を優先させて二人の日本人を受け入れるべきか、或いは立場を優先させて彼らを拒絶すべきかということです。この問題に際して、副艦長のゲビスはしきりに己の感情に従い、彼らを受け入れるべきだと考えています。それに対して、提督や船長の意見は、確かに自分たちも日本人達の気持ちは痛いほど感じてはいるが、まずは現実的に自分の立場を考えて行動すべきであると述べています。やがて議論の末、ワトソンの「船医として」の一言が決め手となり、彼らは全員が一応はそれぞれの立場を優先させることとなります。
しかし、その日本人二人が実際に罰せられる一端を見て、彼らは再び上記の問題を考えはじめます。それでは、この時の彼らのそれぞれの反省に注目してみましょう。まず、提督のペリーはこうした現実を知り、「君の(副艦長ゲビスの)感情がいちばん正しかったのだ。君はこれからすぐ上陸してくれたまえ。そして、この不幸な青年たちの生命を救うために、私が持っているすべての権力を用うることを、君にお委せする」と述べています。つまり彼はそれまでの自分の考えを否定し、副艦長の考えを全て採用しようとしています。ここから、彼は感情か立場かと問題に対してどちらか一方を採用し、どちらか一方を切り捨てるべきであるという考え方をしていた事が理解できます。それでは、この問題に対して決定的な言葉を放った人物、船医のワトソンはどうだったでしょうか。彼はこの事実を知ると、誰よりも自らの言葉に責任を感じ、果たしてその時の自分の判断は正しかったのか、もしかしたら日本人が持っていた病気は大した事はなかったのではないか、と自ら審査をはじめます。そうしてその揺れ動きを感情で解決しようとはせず、あくまで「医師として」自分の判断に責任を持つため一人書庫へと向かいます。つまり彼はこの問題に対して、立場は優先すべきものであるが、自身の感情はその立場に支障をきたさなければそれを遂行しても良いと考えています。ワトソンは提督のように、あれかこれかで考えていたのではなく、あくまで自分の立場にかえった上で自分の感情というものを考えており、そう考えているからこそ、他の人物たちよりも一層その問題に対して深く悩んでいるのです。
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